星月 | ナノ


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仕事の話や友人の話で盛り上がっていた会話が一段落し、二人の間に一瞬の沈黙が落ちた。


「ねえ、日夏……?」

その時を待っていたように、吉野が遠慮がちに日夏に呼びかける。

「何か、あった?」

「……えっ?」


吉野は普段なら日夏に『何かあった?』なんて、聞かない。
それは日夏も同じで、基本的には相手が『聞いてほしい』と思って話してこないことは、あえて聞かないのが、ふたりの関係だった。

だから日夏は、吉野の言葉に虚をつかれた。


日夏も、吉野にその問いかけをしたことは何度かある。――吉野が、言いたいけれど言えなくて、ためこんでしまっていると感じた時だ。

わたしも、そんなふうに、見えたのだろうか…。




「早瀬に、うまく気持ちを伝えられないの…」

日夏はしばらく迷ってから、小さな声で言った。


「気持ち?」

「………早瀬を、好きだって気付いたの。だけどそれが、伝えていい気持ちなのかわからない」


吉野は、日夏の言葉に大きく目を見開き、身を乗り出した。

「伝えなきゃ!……だって早瀬くんも日夏のこと、」

言いかけた吉野に、日夏は首を振った。


「好きな子が、いるって言ってた。それを知ってしまったのに?」


吉野が眉をひそめたが、日夏はそのことには気付かず、言葉を続ける。


「ずっと一緒にいたのにわたしだけがこんな気持ちを持ってるなんて、おかしいんじゃないかって……この気持ちは間違ってるんじゃないかなって……そう思ったら、わけがわからなくなって。

だけど、この気持ちはどこにも消えてくれないの。

――だから、早瀬を目の前にして、何て言ったらいいのかわからないの」


早瀬をなくしたくない。
でも、彼と重ならない自分の気持ちを、ごまかせない。

それなのに……やっぱり、なくしたくない。


自分でもわけのわからないこんな感情を、早瀬にどう伝えたらいいのかが、わからなかった。

そもそも、伝えていい気持ちなのかも。



気持ちを吐き出してしまうと、涙まで溢れてきそうで、日夏は何度も瞬きをしてそれをこらえた。


吉野はそんな日夏をしばらく黙って見つめていたが、ふいに立ち上がると、日夏の隣に座り直した。

包み込むように日夏の手をとる。


「ねえ、日夏。前にも言ったことだけれど、あらためて言うね。いま、言わなきゃいけない気がするから。

今の関係とかなくしたくないからとか、間違ってるかどうかだとか……そんなものを全部とっぱらって、早瀬くんを見てあげて。早瀬くん自身を。

きっと、そのときに自然に浮かんでくる気持ちが、早瀬くんに伝えたい気持ちだよ。

それを伝えなきゃ先に進むことも、何かを新しく始めることも、できないんじゃないかな」


日夏は顔を上げ、吉野を見る。

「早瀬、自身を……見て、浮かんでくる気持ち……?」


吉野は頷く。

「日夏は早瀬くんのことになるとすぐ、余計なものをしょいこんじゃうの。だからずっと、気持ちに気付かなかったでしょう?もっと、シンプルに考えて」


シンプルに。

早瀬を見て、何を思うのか。
早瀬に何を、伝えたいのか。



黙ってしまった日夏を見て、吉野はなぜか微笑んだ。


すっと立ち上がり、「寝不足みたい。ちょっと横になったらいいわ」と言って居間を出ていく。


「あっ吉野……」

我に返り、日夏は慌てて椅子を引く。



吉野は、ふいに何かを思い出したように立ち止まり、振り返った。

「それから。気持ちに正解も間違いもないってこと、日夏は本当はわかってるでしょう?だったら日夏は、早瀬くんへの気持ちを、絶対に否定しちゃだめだよ」



***


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