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夕暮れに赤く染まった木々が、さわさわと風に揺れている。
公園のそばを通る道には、少しずつ落ち葉が集まってきつつあり、物寂しさとあたたかさが同居する風景が作り出されていた。
日夏は、公園の前で歩調を緩めてしまっている自分がすごく嫌だった。
いくら幼なじみだと言っても、告白だとかそういうプライベートなことまで覗く権利はないのに。
(だって…帰り道だし、帰る時間なんだもん。……しかたないじゃない)
言い訳をしてみても、何の用事もなく公園に足を踏み入れてしまう自分を、止められなかった。
「来てくれて、ありがとうございます」
女の子の声が聞こえ、日夏は思わず木の陰に隠れた。
いつか卯浪と吉野の様子を窺ったときのように、声のする方をこっそりとのぞく。
あのとき卯浪と吉野が座っていたベンチのすぐそばに、早瀬が立っていた。
向かい合って頬を染めているのは、日夏よりいくつか年下と思われる少女。
小柄だが、顔つきからは意志の強さがうかがえる。綺麗な子だ。
少女は、大きく息を吸ってから、早瀬をまっすぐに見つめた。
「早瀬さん、あたし…ずっと前から早瀬さんのことが好きだったんです。あたしと、お付き合い、してもらえませんか?」
早瀬は少女から目を逸らしはしないものの、苦い顔をして言った。
「…ごめん、俺、」
「わかってます!『誰とも付き合う気ない』って。わかってるんですけど、だったら、お友達でもいいんです。今は好きなんかじゃなくても、お友達として仲良くしてもらえたら、もしかしたら好きになってもらえるかもしれないから…」
早瀬の言葉を遮り、少女はまくしたてるように言う。
早瀬の『いつもの返事』は想定していたのだろう。すがるような視線で必死に言い募る。
だが早瀬は、少し辛そうな表情で言った。
「ごめん。それは無理なんだ」
「どうしてですか!?無理って…あたしのこと、早瀬さんまだ何も知らないじゃないですか!」
少女は食い下がる。
きっと決死の覚悟でここへ来たのだろう。納得できない、という思いが表情に滲んでいる。
しかし。
「無理なんだ。俺、好きな子がいるから」
早瀬はきっぱりと言った。
「え……?」
少女は目を見開く。
言われた言葉の意味が、頭に届いていないような顔をしている。
しかし、日夏は少女のその表情を見てはいなかった。
(すきな、こ………)
早瀬がその言葉を口にした瞬間、日夏は視界がぐらつくのを感じた。
好きな子、いたんだ。早瀬。
「俺はたぶん、その子のことがずっと好きだから、君を好きになることはきっとない。ごめん」
早瀬は真摯な表情でそう言い切り、深く頭を下げた。
「……っ、そんな……あたし、そんなの……!」
少女は泣きながら走り去っていった。
いつもの『誰とも付き合う気はない』ならまだしも、『好きな子がいる』という答えは全く予想していなかったせいか、受け入れられないのだろう。
早瀬はひとつ深いため息をついて、自宅の方へと帰っていった。
しかし、残された日夏はそこから一歩も動けない。
ぼうっとしていると、地面に水滴がひとつ、ぽたりと落ちた。
「え……なんで……」
自分の涙だった。
どうして勝手に涙が出てくるのかわからない。
今泣くのは、振られてしまったあの子のはずだ。
わたしには、何も傷つくことなんて、なかったのに。
ただ早瀬に、『好きな子』が――わたしじゃない『特別な女の子』が、いただけ。
(『だけ』…?だったら何で、こんなに、いたいの…?)
そこまで考えた瞬間、日夏は、気付いてしまった。
どうやっても振り払えなかった気持ちの正体に。
足に力が入らなくて、思わず地面にがくりと膝をつく。
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