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日向は、早朝の公園になんとなく足を向けた。
夏の頃とは違う、ぴりっとした空気を頬に感じる。
ふと、公園のシンボルである大樹を見上げると、見慣れた銀の毛の猫が枝の上でくつろいでいる。
「お前なにしてんだこんなとこで」
日向は垂氷に話しかけながら、木に登る。
「……犬でも木に登れるのか」
垂氷は日向の問いには答えず、無感動につぶやいた。
「今の俺は人間だ!木ぐらい登れる!だいたいお前な、犬犬言うけど猫がそんなに偉いのかよ!?」
いつものように垂氷にかみつきながら、日向は幹を背もたれに、太い枝に腰掛けた。
「……何か用か」
めずらしく自分に近寄ってきた日向に、垂氷はちらりと視線を向けて問う。
「……別に」
日向はわざとらしく空を見上げた。
「そうか」
垂氷も日向から視線を外し、目を閉じる。
公園が静寂で包まれた。
わずかに鳥の声が聞こえる以外は、何の音もしない。人々が起き出すのは、まだ先だった。
「……なあ、」
ふいに、低い声で日向が呟いた。
垂氷はわずかに日向の方を見たが、返事はしない。
「大事な奴を見送って、いつまでも生きるのはどんな気分だ」
空を見上げたまま、問う。
垂氷は答えない。
「最初に契約した奴のことは覚えてるか」
日向は気にもせずに、問いを重ねた。
「次々人間を見送って、解放されたいと思ったことはあるか」
返事を求めていないかのように言葉を続け、垂氷もそれを知っているかのように何も言わない。
再び二人の間に静寂が落ちた。
「全く意味のないことだから現在しているものはほとんどいないが――魔力次第では二匹の精霊と同時に契約することは可能だ」
ふいに、垂氷がそう言った。
少し驚いたように日向が垂氷を見る。
垂氷には、日夏が契約者を移す魔法を習得しようとしていることを、特に話してはいなかった。
しかし、垂氷が言っているのは、もしも日夏と早瀬が結婚して子どもが生まれた時のことだろう。
日向は一瞬だけふっと笑った後、おおげさにひとつため息をついた。
「お前と一緒に契約されんのかよ!あーあ、お前と長い付き合いとか考えただけでうんざりするぜ!」
座ったまま大きく伸びをしながら日向は叫ぶ。
「同感だな」
垂氷は抑揚なく答える。
日向はぱたりと幹に背中を預けた。
「……人間って勝手な生き物だな」
「ああ」
垂氷は再び目を閉じた。
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