星月 | ナノ


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早瀬は腕を組んで言った。

「俺だっていろいろ考えてることがあって動いてるんだ。俺の中ではちゃんと策がある」


しかし卯浪や凍瀧ならいざ知らず、よりによって自分を産んだ母親である千歳が相手では、そんな強がりもバレバレだった。


「そ〜お?それなら、ま、がんばってねっ」

語尾にわざとらしいハートマークを付けんばかりの口調で、千歳は早瀬の肩をぽんと叩くと、ニヤニヤしたまま部屋を出ていった。


(くっそー!なんで母親にまでバレバレなのに日夏には全然伝わらないんだ!)


いっそこの気持ちを知る誰かが、代わりに日夏に伝えてくれないだろうかと卑怯で弱気なことを考えそうになる自分を、早瀬は無理矢理押さえ込んだ。



***



しかし、機会は突然にやってきた。

「古代文字の訳でどうしてもわからないところがあるから少し知恵を貸してほしい」と日夏から依頼され、早瀬は閉館後の図書館で日夏と二人きりという状況を得たのだ。


「ああそっか!こう訳せばよかったのね、ありがとう早瀬!」

「ん……」

無邪気に喜ぶ日夏を前に、早瀬は気もそぞろだった。

こんなチャンスを逃したら、しばらくはきっと巡ってこない。


(…だけど、日夏の集中を乱していいのかな)

勇気が出ない言い訳だとはわかっていた。

本音を言えば、日向のためにこんなに頑張る日夏を見ているなんて悔しい。

解読をしている間、日夏が考えているのは自分ではなく日向のことだ。


だから告白してしまえば、日夏は混乱からきっと早瀬のことしか考えられなくなる。

――でも日夏にとって、この魔法の習得がどれだけ大切なことかは、よくわかる。

頑張る日夏を目の前にしてしまうと、言い訳と後ろめたさの入り混じった複雑な気持ちが頭をもたげてしまうのだった。



すると、不意に、

「ねえ、早瀬、あのね……」

日夏が言いにくそうに言葉を切り出した。


「えっ?」

早瀬は心臓が跳ねるのを感じる。
日夏のためらいがちな表情に、無意識に何かを期待してしまう。



しかし、日夏が口にしたのは、全く予想外のことだった。

「あの事件の後にね、……秋津くんに告白されちゃった」


「なんだと!?」

早瀬は弾かれたように立ち上がる。
椅子がガタンと派手に音をたてた。


「失礼な、そんな驚かなくても……確かに男の子から好きだって言われたのなんて初めてだったから、わたしもびっくりしたけど」

それは俺が阻止してきたからだ、とはとても言えない早瀬である。


「……で、日夏は、何て……」

「もちろん秋津くんのことは友達としてしか見られないから、そう言ったけど。でも、なんだかそんな風に思ってくれる人がいて嬉しかったな。初めてのことだし」

「……初めてって……」


なんのために他の男たちを遠ざけてきたと思っているのか。
秋津にしてやられてしまった。


今ここで告白してしまったら完全な二番煎じだとはわかっている。

うまくいく可能性だって薄い。

だけど日夏が、秋津の気持ちだけ知っていて、俺の気持ちを知らないでいるなんて、そんなのは耐えられない。

他の奴の気持ちを『嬉しい』なんて、言わないでほしい。


「……初めてなんかじゃないだろ」

「へ?」

早瀬の低いつぶやきに、日夏はきょとんとして彼を見上げる。


「なんでこんなに、日夏には伝わってないんだよ……俺は……」

「早、瀬……?」

苛立つような口調に、日夏は不安そうな表情で首を傾げた。



「秋津なんかよりずっと前から、」

「よう早瀬、お前って野郎は友達思いなんだな!見直したぜ」

早瀬の言葉は、いきなり背後に現れた日向によって遮られた。


「ク、クロ〜〜〜〜!」

早瀬は振り返り、日向をにらみつける。


「え?え?どういう意味…」

「こいつのクラスの奴がお前のこと好きだったんだよって教えてやろうとしたんだよなあ、早瀬?やさしいなあお前! ほらナツ、お前ほんとはもてるんだって!その気になりゃ十人でも二十人でも男できるぞ」

日向はわざとらしい尊敬のまなざしを早瀬に送った後、日夏に満面の笑顔を向けた。


「だ、誰!?心当たりないんだけど…。ていうか十人も二十人もいらないわよ!からかわないで、クロ」

「……やっぱりやめた。プライバシーの侵害だから」

早瀬は肩を落とす。
まさか自分が告白しようとしていたとこのタイミングでは言えず、わざわざ他人の想いを伝えてやる義理もない。
実際、日夏が好きだというクラスメイトはいたのだ。


「ええっ!?なにそれ!そこまで言っといて!」

「……日夏、勉強しなよ、勉強」



早瀬がちらりと日向を窺うと、彼は意地悪そうな顔でこちらを見て笑っていた。

(よくもやりやがったな……あの犬……!)

早瀬は内心毒づきながら、椅子に座り直す。



一方の日向は、

(そんな簡単にヘタレ野郎に渡してたまるか)

と、心の中で悪態をついていたのだった。



***




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