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山手の大きな屋敷にたどり着くと、上機嫌そうな黒星が二人を出迎えた。
「早かったね。よくこの忠犬が許してくれたなあ」
ニヤニヤと日向を見る。
二人は直接会うのは初めてのはずだ。
だが、やはりというか、初対面から黒星の態度は不遜だ。
日向は、黙って黒星を睨みつけている。
「早く秋津くんを帰してあげて」
余計な会話をする気がない日夏は、さっそく用件を切り出した。
「何言ってんの、おねーさん。秋津も招待客なんだってば」
黒星は、ククッと笑う。
「まあ入ってよ」と、彼は二人を促した。
鼻歌を歌いながら屋敷の中を進んでいく黒星に、日夏と日向は少し距離をおいて着いていく。
「何をするつもりかわかんねえが、こいつ、腕力はなさそうだ。他に仲間がいないか確認したら俺が殴り倒す。そんで三人で逃げるぞ」
声を潜めて、日向が言った。
日夏は黙って頷く。
確かに弱い者には容赦がなさそうだが、黒星自身それほど強そうではない。
もちろん、だからと言って油断できるわけではないのだが、日向がいてくれることは心強いことだった。
黒星は、地下のうす暗い部屋に、二人を導いた。重そうな扉が開くと、籠った空気のにおいがする。
日夏は、縛られて冷たそうな床に座らされている秋津に気付いた。
「秋津くん!」
思わず叫ぶ。
先日見せた、前向きな表情は見る影もない。
代わりに黒星だけが、満足そうに笑っている。
「日夏さん……っ!どうして来たんですか!」
秋津は、日夏を見て悲痛な声をあげた。
「ずいぶんな言いぐさじゃねえか秋津!元はといえばお前が間抜けなせいでなあ!」
日向が秋津を指差して怒りをぶつける。
「す、すみません……本当にすみせん!日夏さんを巻き込みたくなかった……」
秋津は既に泣きそうになっている。
日夏は日向を制止した。
「やめてクロ!――秋津くん、わたしが来たいと思ったから来たの。謝らないで」
三人のやりとりに、黒星がニヤニヤと笑う。
「そうそう、三人きりのお客さんなんだから、仲良くしなよ。今はさ」
その言葉に、日向がぴくりとした。
「……てことはこの屋敷には、他に誰もいねえんだな?」
声を低めて確認する。
「そうだよ。あとは弱っちい精霊だけ」
黒星は、あっさりと答えた。
「そりゃ好都合だな!」
言うと同時に、日向が黒星に飛びかかる。
一瞬、黒星が虚を突かれたような表情をした。
しかし、次の瞬間起こったことに、日夏は目を疑った。
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