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――と。
日夏がふと前を見ると、行く先に一人の男が立っていた。
あの顔は見たことがある。たしか――
と、男がこちらに気付いて全力疾走してくるではないか。なぜか拳を振り上げながら。
「早瀬てめええええっっ!!!!」
「え?」
「ええっっ!?」
男は叫びながら思い切り早瀬に殴りかかったが、なんなく腕をつかまれ止められてしまった。
「何の用だ?誰だお前」
男は抵抗するが、早瀬は腕を離さない。
日夏は男の顔を思い出した。
「早瀬、この人、たぶん風花さんの同級生……」
よく二人で一緒に図書館に来るので覚えている。風花は例の『会』の中心人物で目立っているし。
「風花ちゃんの?てことは学生か」
「黙れ!お前みたいなのが気安く風花の名前を呼ぶな!」
腕をつかまれたまま、男がわめく。
「お前、風花を裏切りやがって……!絶対許さないからな!」
食ってかかるような男の言葉に、早瀬は首を傾げた。
「……話が見えないんだが」
「風花の気持ちを知っていながら、他の女の家に入り浸ってるらしいじゃねえか!」
先日の日向の言葉を誤解しているようだ。
「風花ちゃんの気持ち、っていうのが、他の人と一緒にいたら裏切ったことになるものだとは俺には思えないし、それ以前に何の約束もない相手に対して、裏切るも何もない」
早瀬はきっぱりと答える。
が、それは逆効果だったようだ。
「てっめえ……!調子にのってんじゃねえぞ!」
男はさらに「女たらし」だの「詐欺師」だの、早瀬を罵り始めた。
黙って聞いていた日夏は、だんだん腹が立ってきた。
結局、この男は風花のことが好きで、早瀬が気にくわなくて――つまりただの八つ当たりではないか。
「いい加減にしなさいよ!」
日夏はつい声を荒らげる。
「好きな子が他のひとを見てるからってその相手に喧嘩売るなんて、ずいぶんひんまがった性格してるじゃないの!わざわざ相手の家まで調べて怒鳴りこんでくる勇気があるんなら、風花さんに気持ち伝えることにその勇気を使ったらいいでしょ!」
男は、見知らぬ女の突然の乱入に驚きながらも、反論する。
「う、うるさい!なんだよお前!誰だよ!そううまくいくもんならこんなことしねえよ!」
「だからって早瀬を殴って風花さんがこっち向いてくれるとでも思うの?」
「別に俺を好きになってほしいなんて思ってねえよ!ただ風花が泣かされるのが我慢できないだけだ!」
「なによ、その無償の愛と見せかけた敵前逃亡は!そうやって好きな子から逃げてたら今に別の誰かに取られちゃうから!そのときあなたには何も言う権利はないんだからね!?」
「……っ!」
男は何も言い返せず黙り込んだ。
「早瀬を殴りたいんだったらね、自分のできること全部やり尽くしてからにして!」
「……っ、うるせえ!ほっとけよ!」
自分から殴り込んできたくせに、男はそう叫んで逃げるように走り去ってしまった。
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