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昨夜のあれは何だったのだろう。
急に駆くんが怒り出したかと思えば、あんな……―――
「あっ、!」
手いっぱいに抱えていたノートがバサバサと廊下に零れ落ちた。
慌ててその場に屈むと、ヒソヒソと生徒たちの声が耳に届く。
「ねぇ……やっぱあの噂、本当なんじゃない? だって木実先生、何だか授業中もぼーっとしてたし……」
「いやぁ、あり得ねぇだろー。だって相手はあの駆だぜ?」
「バーカ、駆だから疑わしいんだって」
えっ……、駆くんと、私……?
一体みんな何の話を……
「っ……!」
もしかして、昨夜の!?
駆くんと歩いてる時きっと誰かに見られてたんだ……!
どうしよう、私っ……、ど、どうしよう……!
「―――なぁ」
背後からスッと黒い影が差す。
「お前らいい加減にしろよ。知りたいことがあるなら本人に直接聞けばいーだろ? わざわざ姑息な真似してんなよ」
突然現れた駆くんが私をかばうように目の前に立ち、威圧的な態度で周囲へ言い放つ。
そして落ちていたノートを拾い私に手渡すと、騒めき出す生徒たちを一瞥した。
「おっ、おい駆! だったら本当はどうなんだよ、木実先生とキスしてたってマジなんだろ!? 見たって奴が何人もいるんだぜ!」
まさか、そんなところまで見られてしまっていたなんて。
サッと血の気が引くのを感じる。
起きてしまったことは今さらどうすることもできない。
「……」
駆くんは一瞬黙り込むが、手が震え何も言葉が出てこないでいる私を背に大きくため息をついて口を開いた。
「はー。言いたくなかったけど、バレちまったらしょうがねーよなぁ」
「駆く……」
「このド真面目な木実先生が生徒に手ぇ出すとかありえねーだろ? 俺が仮病使って先生たぶらかして、無理矢理迫っただけに決まってんだろーが」
え―――?
「この俺が抱いてやるっつってんのに全然動揺しねーし、逆に落としたくなるじゃん。俺の手にかかればキス一つでイケると思ったんだけどなぁ、さすがに教師はガード堅すぎ。あえなく玉砕ってオチ」
駆くん……何、言ってるの……?
「なんだよー、マジかよー。まぁそうだろうとは薄々思ってたけどさー。つーか駆、教師に手出すとか頭おかしいんじゃね? おまけにフラれるとかだせーの、ハハ」
「うるせーよ、だから言いたくなかったんだって。退学食らったら慰めろよ、お前ら」
駆くんの咄嗟の嘘をみんな疑いもしない。やがて周囲も落ち着きを取り戻していく。
クラスメイトから茶化すように肩を組まれながら、駆くんは振り向きざまに告げた。
「あ、木実先生。全部バラしちゃって悪いね? せっかく俺が処分免れるために、なかったことにしようって言ってくれたのに」
何で……何で、そこまでして私をかばうの……?
落ち度があったのは私の責任でもあるのに……どうして一人で背負おうとするの……。
込み上げてくる涙を堪えるので精一杯で、喉が震え、声が詰まる。
違う……駆くんだけを悪者にしないで。
そう言わなきゃいけないのに、離れていく彼の背中をただ呆然と見つめることしかできなかった。
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