春よ恋 | ナノ

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「あー……その、何ていうか。俺、木実に会えたら謝りたいと思ってたんだよね」

「……私に?」

 突然の話に首を傾げると、逸は苦笑いしながら困ったような表情を浮かべた。

「いや、俺たちが上手くいかなかったのって、将来の事でお互い余裕がなかっただけでしょ。俺がもっとしっかりしてたら避けられた事かもしれないなって……ずっとそう思っててさ。だから、ごめん。ちゃんとお前を幸せにしてやれなくてごめんね」

「そんな……私も自分のことで精一杯だったから。逸のせいだなんて思ったことない。もう気にしないで」

 未練があったとは言わないが、別れてから一度も考えなかったわけではない。
 四年も付き合っていたのだから当然、言い知れぬ寂しさはあった。
 駆くんを見る度に彼の面影を重ねて思い出してしまったのもそのせいだと思う。

「あー、そうだ。今さらやり直そうとか変な気起こしたりしないからさ、木実が嫌じゃなければまた顔出してよ」

「えっ……」

「ほら、駆がお前に懐いてるでしょ。見ての通り男所帯の部屋はこの有り様だし、親父も相変わらず女作って蒸発してるし。本当はもっと思春期の弟を構ってやるべきだろうけど、養うだけで手いっぱいなんだ。はは、情けないけど」

 弟思いの優しいところが全然変わっていなくて何だか安心した。
 それに、大変な時でも笑ってやり過ごす癖はやっぱり兄弟揃って同じ。
 駆くんは逸のことを毛嫌いしているような素振りでいるけど、何だかんだお兄さんを見て育っているのだ。情けないなんてことはない。

「……うん、わかった。駆くんのことは私も気にかけるようにするから」

「悪いね、ありがと。まあちょっと悔しいけど……あとは俺の後悔、あいつが継いでくれるだろうから。よろしく、木実先生」

 途中の言葉は小声で聞き取れなかったが、差し出された手を取り握手を交わす。
 わずかに残っていた心のしこりがようやく取れたような晴れやかな気分だった。
 ―――と、その時。鈍い物音に咄嗟にパッと手を離した。

「……は、何してんの?」

 いつの間にか起き上がった駆くんがこちらの様子を凝視している。

「ああ、駆、具合悪いんだってな。起きて大丈夫なのか?」

「兄貴に用はねーよ。俺は今、木実に聞いてんだ」

 ずかずかと荒々しい足音を立てながら、駆くんがこちらへ近づいてくる。

「あ、の……」

「送る」

 低い声で短くそう言うと、一瞬逸の方を睨み付けて私の腕を引っ張った。

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