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「全然変わってないのね」
駆くんを支えながら家に上がり込むと、懐かしい匂いがした。家具の色も配置も全く変わっていない。
「冷蔵庫の物とキッチン、借りるね。それから念のため病院に……」
「いい、もう平気。それより早くアンタの飯食わせて」
少しは機嫌を直したのか、いつもの声色と口調で言う。
「じゃあ……すぐに何か作るから、駆くんは休んでて」
素直に従い彼がソファへ横たわる姿を確認してから私はキッチンへ立った。
自動食洗器に入れたままの食器に、流し台へ置きっぱなしの空き缶。あまり良い暮らしぶりないことが見て取れる。
そういえば、駆くんもあの人も家事は苦手だったっけ。
よくこの家に出入りしていた頃は、飲みっぱなし禁止! 脱ぎっぱなし禁止! と口うるさく言っていたような気がする……なんて過去を思い出したら思わず苦笑してしまった。
◇◆
「―――駆くん、できたよ」
冷蔵庫を開けたら驚くほど何もなくて、あり合わせの材料では卵の雑炊と具なしの味噌汁という何とも質素な病人食しか作ることができなかったのだけど……。
トレイへ乗せてリビングのテーブルへ運ぶと、駆くんが手の甲で光を遮断するように目を覆いながら仰向けで寝息を立てていた。
制服のネクタイが緩められ、ちらりと覗かせる胸元が目についてしまう。
また、ドクンと心臓が音を立てるのを感じた。
「……寝ちゃったの?」
いつの間にか、無意識で。
無防備な彼へ向かって手を伸ばそうとしたその瞬間、ガチャッと玄関のドアが開く音にビクンと肩が揺れた。
「え……、木実?」
目を瞠り驚いた様子で立ち尽くしているのは、紛れもなく駆くんのお兄さん……元彼の、逸だ。
「あ……っ」
「何してんの? てか、何で木実がここに? ……あれ、確か合鍵は返してもらったはずだよね」
「あ、その……駆くんが具合悪いみたいで。担任として放っておけなくて」
「ああ……。そういえば、担任が変わってどうとかって駆がそんなこと言ってたな。まさか木実が駆を受け持つなんて変な感じするけど。えーと、弟が世話になってます」
以前より落ち着いた雰囲気で大人びた彼が、気まずそうに頭を掻きながら軽く会釈をする。
「逸が来たなら、私は……これで」
異様な空気に耐え兼ねて私もぺこりと頭を下げ、急いでバッグを取り玄関へ向かった。
「あ―――、待って」
すれ違い様にぐいっと手首を掴まれ立ち止まる。
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