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「やっとアンタにつけ込むチャンスが来たかと思えば、なに。兄貴と復縁でもした? 言っとくけど俺、協力とかしねーから。マジで奪いに―――」
「ま、待って!!」
一方的に話し続ける駆くんの言葉を遮った。
突然の大声に、駆くんも思わず目を丸くしている。
「あの、駆くんはきっと誤解してる。私、お兄さんと……逸とやり直そうなんて思ってないよ?」
おずおずした声で言うと、駆くんは面食らったような表情を浮かべた。
「昨夜のあれは、駆くんやお家のことで私も何か力になれたらって……そう話していただけよ。私たち、別れてからあんな風に面と向かって話すのは初めてだったの。それでちょっとスッキリしたっていうか」
「だったら、手ぇ繋いでたのは……」
「駆くんの考えてるような変な意味なんてない。誰だって握手くらいするでしょう?」
「握手って……」
「本当よ。それに言ったじゃない、私は逸のこと引きずったりしてないって」
「じゃあ、ただ俺の早とちりってこと?」
「うん」
「勘違いで、嫉妬して、キスして、告って……」
思い当たる節を一つ一つ振り返るように駆くんが呟く。
そしてしばらく沈黙の後、駆くんはうなだれるようにしてその場にしゃがみ込んだ。
「……はぁー、嘘だろ……。俺一人で突っ走って何やってんだ……やっぱ全然カッコつかねぇ、つーかダセぇ……俺がアンタにしたこと全部八つ当たりってことじゃん」
ほんのり赤くなる顔を隠すように駆くんは頭を抱えた。
普段見ることのないその弱々しい姿がちょっとだけ可愛く思えて、つい笑みが零れる。
「そんなことない。駆くんは格好いいよ」
「……そういう慰めいらねーよ」
「ううん、本当のこと。私なんて教師のくせに肝心な時に何も言葉が出なくて、どうしようってただ焦るばかりだったのに……就任初日もそう、駆くんはいつも私のこと助けてくれるでしょ? すごく頼もしくて、格好いいと思う」
素直に言葉を紡げば不思議と愛おしさのようなものが込み上げてくる。
駆くんはそんな私を見上げて、じっと目を細めた。
「そこまで言うなら、俺のこと好きになってよ」
「っ、そ、それは……」
「ずっと俺のものになればいーのにって思ってた。兄貴が羨ましかった。……俺はただの生徒? 俺じゃ、木実の男にはなれない?」
立ち上がり、壁に追いやるようにぐいぐいと迫ってくる。
こんな風にストレートに告白されるなんて思ってもみなくて頬を赤らめ俯くと、駆くんは至近距離まで顔を近づけて下から覗き込んでくる。
「黙ってるとまたキスするけど? つーか、今度はキスだけじゃ済まねーぞ」
「ち、近いよっ……! 駆くん」
「木実が嫌だって言わねーからだろ? 殴るなら、今殴って。マジで止まんなくなる」
「……」
さっきまで言葉がどんどん溢れてきたのに、どうして今になって何も出てこないの……。
嫌だって言ったら、駆くんを傷つけてしまうから? また怒らせてしまいそうで、怖いから?
ううん……たぶん違う―――。
「はい、時間切れ」
「っ……、ん!」
両手で頬を包み込まれ、荒っぽくも優しいキスが注がれる。
「駆……くっ……、んぅ……!」
「……なに? 忠告したよね、俺。キスだけじゃ済まないって」
吐息混じりに囁き、深く舌が入り込んでくる。
唇から駆くんの熱が伝わって、私までじわじわと体温が上昇していくみたいだ。
「なあ……このまま一回だけ抱かせて。そしたら、卒業まで二度と木実に手は出さねぇって約束する」
心を射抜くような熱っぽい視線を私はただ見つめ返すのが精いっぱいで、駆くんはふっと笑う。
「またダンマリ? アンタ、教師だろ。嫌なら嫌ってはっきり言わねーと俺みたいな生徒にナメられんぞ。つーか、これだから放っとけねぇんだよなぁ……」
口では強引に事を運びながら、無理矢理触れようとしないところが駆くんらしい。
まだ私が逸を好きでいた時、駆くんはどんな気持ちで私を見ていてくれたんだろう。昨夜のキスには彼のどれ程の想いが詰まっていたのだろう。
まだまだ知りたいことが山ほどある。私、きっと……駆くんに惹かれてる―――。
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