H.Kotaro

「琥太郎さん」
「どうした」
琥太郎さんはソファーに座りながら眠そうにしていた。元々理事長の仕事を肩代わりなどしていて帰りが遅いことなどしょっちゅうでしたし、今は理事長しつつ保険医もやっているのですから、今まで以上に帰りが遅く、疲れて眠ってしまうのも、一応理解はしているのです。してはいても、心というのはどうにもわがままで疑心暗鬼です。どうにも、彼がもしかしたら浮気をしているのではと疑(うたぐ)ってしまうのです。もちろん、そんな証拠はありません。当たり前です。そもそもしてないのですから。琥太郎さんは私のものです。誰にも渡すつもりなんてありません。でも、琥太郎さんはとてもとても美形なので、私はいつも心配でたまらないのです。
そこで私は思いました。
そんなに不安ならば、約束してしまえば良いのです。
「琥太郎さんにプレゼントがありますの」
思い返せばもうお付き合いしてからもう七年も立つのです。同棲は五年ほどしています。
けれど彼に好きだとはっきり言われたのは、ここ数年、まるっきりないのです。
この事に気付いたのは、先月半ばの事です。ゆったりとした郷愁を誘うような曲を聴きながら、アルバムを整理しているときのことでした。ふと気付いてしまったのです。私は最近、彼に愛の言葉を貰っていない、と。言葉を欲すれば、彼は直ぐにでもくださるでしょう。けれどそれでは意味が無いのです。請われて言うた言葉に、どれほどの価値がありましょう。
私は考えました。
どうすれば彼は私から離れていかないだろう。どうすれば彼とずっと一緒に入れるだろう。どうすればこのマンネリを解消できるだろう。──どうしたら彼にまた好きと言ってもらえるだろう。
新聞を読んでいた琥太郎さんが顔を上げて此方を見ます。
私は思い切って、指輪と婚姻届を琥太郎さんに差し出しました。
「私のこれからとすべてを、あなたに差し上げますわ」
目を白黒とさせる琥太郎さん。彼のこんな戸惑ったような驚いた顔を見るのは久しぶりだった。
ねぇ、琥太郎さん。私、ほんとうにあなたが好きなんですのよ。
「絶対に幸せにします。後悔なんてさせません」
だから──
続きを言おうとして、口を押さえられてしまいました。あぁ、断られてしまうのでしょうか。あなたに嫌われてしまったら、私はこれからどうしたらいいのでしょう。
「そこから先は、俺に言わせてくれないか」
こんなに愛しいひとは他になんてぜったいにいないもの。
「結婚しよう、名前」
嬉しくて嬉しくて、涙が出ました。
琥太郎さんは優しく微笑みながら、私の頬を濡らす涙を優しく拭ってくださいました。
「こら。そんなに泣いたら目玉が溶けてしまうぞ」
「それは困りましたわ。あなたの綺麗な顔が見れなくなってしまうだなんて。それに、家事もできなくなってしまいます」
二人で顔を見合わせて、それからひとしきり笑いました。とても満ち足りた、幸せな気分でした。
「すまないな。本当なら指輪も全部、俺が用意すべきなのに」
「いいんです、私がしたかったんですもの」
「本当は指輪買ってあるんだ。だけど、いつ渡そうかとか悩んでいたら」
ふふと笑うと、笑うなと言われた。けれどその声には笑いが滲んでいて。あぁ、ほんとうに幸せです。
「私のこれからをあなたに差し上げます」
「俺のこれからをお前にやろう」








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