きみの過去も、未来も、現在も、全部全部ぼくのもの




鏡に映った胸元から首にかけての沢山の赤い痣は、名前は溜息を吐いた。情事ごとに残される大量のキスマークに名前はいい加減辟易していた。最初の頃は愛されていると実感できるようで嬉しかったが、今はあまり嬉しくない。むしろ、迷惑である。おかげで首があいている服は着れないし、髪も上げられない。そんなんだからファッションの幅も狭まる。名前としてはもっと年相応におしゃれしたいのに、この痣のせいでそれも出来ない。
この間は少し季節外れのタートルネックを着ていたら、恋人からDVを受けているのかと幼なじみに詰問された。いつもは温厚な人が怒ると怖いというのを、名前は身を持って体験した。
そんな事があったから、名前はなるべく跡はつけないでくれと彼に頼んだハズなのだが――これだ。
情事の雰囲気に流されて疎かにしまう名前も、名前なのだけれど。考えれば考えるほど自分が情けない。
名前は小さな花弁のような痣に指を這わせながら、もう一度溜息を吐いた。
「浮かない顔して、どうしたんですか?」
唐突に声をかけられて、名前は肩を大げさに跳ねさせた。真ん丸い目を見開いて、後ろを振り返ると、颯斗が寝起きのしどけない格好のまま心配そうな顔をして名前の後ろに立っていた。
いつの間に起きたんだろう。ぐっすり寝ていたから起こさないように出てきたのに。
名前は目を瞬いて、朝の挨拶をした。
「おはよう、颯斗くん。なんでもないよ?」
にこやかに挨拶を返しながら、颯斗は名前の首筋をなぞって嘘ですねと言った。
「あなたはキスマークを見つめて溜息を吐いていました」
「――いつから見てたの?」
「あなたが熱心に鏡を見つめていたときから」
「起きたなら声かけてくれたらいいのに」
名前がむくれて唇を尖らせた。颯斗がすみませんとクスクスと笑いながら言うものだから、名前はますますむくれた。
「どうして溜息なんて吐いていたんですか」
「……颯斗くんのせいだもん」
名前はそれだけ言って、そっぽを向いた。薄茶の髪から覗く耳は真っ赤で、颯斗は苦笑しながら名前の髪を撫でた。
「僕のせいなんですか?」
こくり、と名前が頷いた。
「困りましたね…。僕、何かしました?」
困った風に笑って言っておきながら颯斗には一つだけ、溜息に心当たりがあった。きっと――いや十中八九溜息の理由はそれだと、知っていた。知っていて、名前にそれを言わせたくてわざと知らないフリをする。
名前はばっと顔をあげると、颯斗を睨んだ。
「私、キスマークはあまりつけないでって言った!」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ!」
言ったもんと言って、むちゃぶくれる名前を颯斗は可愛く思う。学生の時分から変わらないこの可愛い恋人は、三年を経た今でも颯斗を飽きさせることはない。いつだって朗らかに笑っていて、優しい、ひだまりみたいな温かな恋人。
颯斗はこの小さな恋人を心底好いていて、だから時々不安になる。感情表現豊かな彼女だけど、面と向かって好きと言ってくれることは少ない。情事のさいに言うことはあるけれど、最中の熱に浮かされた言葉は信用できない。
「――この、沢山のキスマークは、僕が君を心底愛しているという証拠です」
なので、我慢してください。
颯斗が笑顔でそう言うと、名前はこそばゆさと嬉しさの間で唸りながら颯斗を上目遣いに睨んだ。
颯斗は彼女の左手をとって、薬指に口付けた。
「貴方の未来を、僕にください」
名前の目が驚きで、見開かれる。
「過去はどうあがいても手には入りません。ならばせめて、この先の未来は。すべて僕のものであってほしいんです」
「……未来だけなんて言わないで、今も全部、颯斗くんにあげるよ」
あぁ!この人はどうしてこんなにもいとおしいんだろう!
颯斗はたまらなくなって抱き締めた。
「好きです、名前さん」
「私も好きだよ。颯斗くん」







2013.04.17
夜想曲さまに提出




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