臆病な吸血鬼はトマトジュースを口にする


※黒子が吸血鬼


赤い唇が綺麗に弧を描いて、妖しげに微笑んだ。金の瞳は挑発的にこちらを見ていて、僕は思わず喉をならした。今すぐ首筋にかじりつきたい衝動をなんとか押さえて、何の用かと口早に問うと「今日はハロウィンでしょ」と返された。
「ハロウィン?」
ああもうそんな時期だったか。黒子はカレンダーを思い返しながらひとりごちる。
時間が過ぎるのは早い。ほんの少し前までは夏でとても暑かったというのに、今では木枯らしがもう吹きはじめている。
「うん、仮装してお菓子を強請る行事」
「違いますよ。ハロウィンは悪霊や魔女などから身を守るための宗教的な祭りです」
「んもう!いいからトリックオアトリート!お菓子ちょーだい!」
黒子は一つ、ため息を吐いてポケットを探る。ちょうど、今朝方に木吉先輩からあめ玉を頂いたのだ。あいにくと好きな味ではなかったのでとりあえずポケットにしまっておいたのが功をなした。これで悪戯は回避できる。
キラキラと目を輝かして手を差し出す彼女の手のひらに、あめ玉を乗せた。
「えーこれだけ?」
「どうせあなたの事だから先にみんなから貰ったのでしょう」
「そうだけどさぁ」
彼女が不満そうに唇を尖らせる。
どうしても首筋に目が行ってしまう自分に嫌気が差して目を逸らす。あぁ。どうして僕は──吸血鬼、なんだろう。吸血鬼であるがゆえに血を飲まねば生きられず、日も十字架も致命傷にはなりはしないけど、やっぱり苦手だ。今では血が殆ど薄れ、人間の食事代替できる吸血鬼が多い。だけどなんの因果か、黒子は先祖返り──吸血鬼としての面が強いのだ。
「もう気が済んだでしょう。僕は着替えてきます」
「うーん、まぁ。今日も校門とこで待ってるね」
「いえ、今日は先に帰ってください」
「どこか寄るの?付き合うよ」
「そうではないんですが、とにかく先に帰ってください」




臆病な吸血鬼はトマトジュースを口にする



彼女が去ったあと、黒子はその場にしゃがみこんだ。よくやりました僕。よく耐えました。あんな美味しそうな首筋を前に──黒子は慌てて首を振った。
『僕は、人間だ』
そうでありたい。だから血は極力接種しないし、ましてや人間をそう思うなんて。人間は僕らの食料じゃない、多少は人間の食事でカバーできているのだし、問題ない。そう自分に必死で言い聞かせた。










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