ミイラ男はその包帯に愛を包んで 連載開始より少し前 障子がわずかに音を立てて開いた。とたんに外から空気が入ってきて、薬の独特の臭いが出ていった。空気の流れていってそれまでの緊張がつい解れてしまって、伊作は障子の方を睨めつけた。 「酷いじゃないか、折角集中していたのに」 「あら、酷いのはそっちよ!私がどれくらい今日を楽しみにしていた知ってるでしょうに。保健室で薬をぜんじているんだもの」 腕を組んで仁王立ちする彼女は、ずいぶんとめかしこんでいた。 はて、今日は何か約束していただろうか。伊作は記憶を辿る。もしかして忘れているんじゃないでしょうね?なんて詰め寄られて、伊作は素直に謝った。美人なだけにおっかない顔して詰め寄られると、恐ろしいのだからたまったもんじゃない。 「ひどいわ。今日は町にに行く約束だったじゃない!」 ガクガクと揺さ振られて、伊作はいまになってようやくそんな約束をしたなぁと思い出した。 「ご、ごめんよ。だけどこの薬をどうしても完成させたくて……」 「私との約束と薬どっちが大事よ!」 伊作はまただなぁと苦笑した。 こんな喧嘩はしょっちゅうで、その度にどっちが大事よ!と彼女は訊くのだ。その度僕は、彼女のご機嫌とりのために君だよと甘く囁く。 「もちろん君さ。だけどこの薬は人に頼まれたもので、急を要するものなんだ」 よく同室の食満留三郎や学友達には、あんなお転婆娘のどこがいいのかと訊かれる。 どこがいいのか、なんてそんなの訊かれても困る。だって、いつの間にかこんなにも好きになっていたのだから。ちょっと独占欲が強いところも、血の気が多いところも、本当は寂しがりやなところも、全部全部いとおしい。 「……なんの薬よ」 「乱太郎が熱を出してしまってね。解熱剤を作っていたんだ。もう少しで出来上がるから待っててくれるかい?」 「……後輩のためなら仕方ないわ」 彼女は僕の肩を掴んでいた手をぱっと話して、すぐとなりに座り込んだ。 なんとか昼前には作り終って、僕と彼女は町に来た。昼食は新しく出来たうどん屋で取って、それからは小物屋や反物屋を見て回った。彼女は行く先々で、愛想よく店の主人や店員と話していた。ついでとばかりに、値引き交渉もしていた。それは大体の確率で店主が折れて、見事な手際だなぁと僕はただ感心した。 学園には日が沈んでしまう前には帰りたかったから、未の刻(午後二時から四時くらい)ぐらいには町を出た。 段々と暗くなる空に少し焦りながら、帰路を急いだ。 夢を見た。古い、懐かしい夢だった。目覚めたとたんに、郷愁にも似た何かがどっと押し寄せてきて、伊作は枕に顔を埋めて泣いた。 なんで覚えているんだろうと思った。なんで僕一人だけが覚えているんだろう。どうして。 それは伊作がずっと抱えている葛藤であり絶望だった。 ああ。今生で君とまた出会う事などありえるのだろうか。 かつての仲間たちとは再開出来た。だけど、彼女だけは未だに会えていない。 会いたい。会いたいよ名前──。 |