月に恋した狼男 「ハロウィンパーティー?」 「うん!もうそろそろそんな時期だし、彼女の気晴らしにもなったらなって」 「却下です。どうしてもやりたければその書類の山を片付けてください」 にべもなく断らると、キングはうなだれた。その間にも優秀な補佐の私は仕事をちゃっちゃか進めていく。キングじゃなくては裁量出来ないものとそうでないものと分けられた書類の山は、ここ最近キングがクイーンを愛でるばかりで仕事をちょっぴり疎かにした結果できてしまったものだ。つまりは自業自得。 (クイーンが……九楼撫子が目覚めて嬉しいのはわかるけど) 心の内でため息をつく。 クイーンこと九楼撫子が漸く目覚めて嬉しいのは、分かるのだ。だけど今のキングはその嬉しさのあまり、他を見失っているように見えて私はは不安だった。この壊れた世界で『王』として君臨するキング。まだ若いのにたいしたものだと思う反面、その底知れない才能に一種の畏怖さえ覚えてしまう。 こんな、情けなくうなだれているのだけど。 「……キング」 「どうしてもだめかな?」 「却下です。あなたがそんなことするたび誰が苦労すると思ってるんですか。私とビジョップくんですよ」 「……だめ?」 「そんな子犬みたいな目をしてもだめです」 ついにキングは机に突っ伏して、書類の山を恨めしそうに睨んだ。睨んだところで山は消えないので早いとこ仕事をして欲しいと心から思う。 「とりあえずミニッツからの報告書だけでも見てくださいね。私は少し出てきます」 「うん。わかった」 戻る頃には書類の山が一つくらいは半分になってるといいなぁ。無理そうだけど。 ため息を一つ吐いて、それと一緒にこの恋心も流せたらいいのにと思った。 部屋の前で一つ深呼吸。彼とはかれこれそれなりに長い時間を過ごしてきたけど、やっぱり少し緊張する。特に、この世界が壊れてからの彼には。 「ビジョップくんいるー?」 ノックもせずに扉を勢い良く開ける。 「お願い事は聞きませんよ」 まだ何も言っていないのに、そう返されて、私は苦笑した。用件が見透かされてしまっている。流石にもうわかってしまうのだろう。 「少しくらい聞いてくれたっていいじゃないの」 背を向けたまま作業を続ける彼にいじけて言う。これもいつもと同じ。何度も繰り返したパターンで、彼はなんだかんだ言ってやってくれる。 「嫌ですよ。あなたの頼みごとは八割がキング絡みで面倒くさいですからね」 「まぁ。そんなことないわよ」 「そんなことありますよ。……用件くらいならきいてあげます」 ビジョップがペンをおいてこっちを見た。 「ハロウィンの仮装用に衣装を作ってほしいの。九楼さんに。キングのは要らないわ」 ビジョップがため息を吐いた。きっとこの先を想像してほとほと呆れたのだろう。いつもキングのワガママに付き合わされている彼だから、きっとそうだ。 「ハロウィンパーティーでもするんですか」 首を振って否定すると、彼がちょと目を開いて不思議そうな顔をした。 「しないわ。だけどお茶会くらいはいいかなって」 「……あなたはキングに甘過ぎです」 「そうかしら。で?やってくれる?」 「いいですよ。ただし」 そこで彼は言葉を切って、口の端を持ち上げて微笑んだ。 「僕ともお茶会してください」 そう言った円は、おとこの顔をしていた。 気付いた時には遅かった。 まさか自分がこんな後悔をする日が訪れるなんて思ってもみなかったですし、まさか自分が恋をするだなんてもっと思ってもみませんでした。 だけど好きになってしまったものは仕方ない。 たとえ彼女が僕を見ていなくても──キングしか、見ていなくても。 昔は色恋なんてと馬鹿にしましたが、今ならわかるような気がします。この胸がぎゅーって苦しくなる切なさも、笑うだけで嬉しいとかいう、そんな綺麗事も。誰かを愛しいと思う、この自分ではどうにもならない気持ちは、本当にやっかいです。 「もしかして明日は都合が悪いですか?」 わざととんちんかんなことを言うと、彼女はそうではないわと首を振った。そうではないのと繰り返す。 「……私が、お茶会に付き合えば、作ってくれるのよね」 確認する彼女に、悠然と頷く。 「えぇ、もちろん。僕が##NAME1##さんに嘘を吐いたことありましたっけ?」 自分でも、ズルいことをしているなと思います。だけどこうでもしなければ、彼女のすべては彼女の意志によってキングのためだけに使われてしまう──。今までが、そうであったように。 「いいわ、お茶会しましょう。あなたが私に嘘をついたことなんてないものね」 この人はきっと僕からアクションを起こさないと、キングだけになってしまう。愛されないのに愛して、愛して愛し続けてその先に残るのは何もない。彼女さえその先にはいない。彼女のすべてはキングになり、彼女のなにもかもはキングだけになってしまう。 「お茶会の時には、昔みたいに『円くん』と呼んでくださいね。##NAME1##さん」 「、それは考えさせてもらうわ」 |