甘いイタズラを君にあげる






白が基調とされたシンプルな部屋だ。大きな嵌め込みの窓からはさんさんと日が注がれて、優しく室内を照らしていた。対面式のキッチンは綺麗に片付いていて、少し離れた所の机には、湯気を立ち上らせている紅茶の入った美しい紋様のティーカップが2つと、その間には甘い匂いを愛想よく振りまくマドレーヌが白い皿に盛られて鎮座してていた。机の両岸には白いソファーがあって、それぞれに白い男と黒い女が座っていた。男の方の名を槙島聖護と言って、彼こそがこの部屋の持ち主だった。白い髪に、肌色と言うには白い肌。目線が下を向いるので目の色はわからない。白い七分丈のTシャツに淡い緑のスキニー。靴も白い。なるほど、この部屋が殆ど白いのは彼の趣味なのだろう。
彼はほんの少し気だるそうな雰囲気を漂わせながら、自分をじぃと見つめ続ける女には目もくれず、読書に勤しんでいた。女は槙島のそんな態度はいつものことのようで、不満そうな顔もせず、ただ飽きずに槙島だけを見つめていた。
白いばかりの部屋にも色のある部分というのがあって、それは壁一面の本棚だった。たくさんの本が一部の隙もなく入っている。この時代、紙の本というのは本当に貴重で、まず全てがネットワークによって完成されたように見えるこの時代では、時代遅れとも取れた。この部屋の持ち主である槙島は本物志向の持ち主で、この部屋の中はもちろん、壁一面の本や私服でさえホログラムは一切使われていない。
槙島が捲る紙以外の音は何もない。槙島はただいつものように本を読んでいたし、女は飽きずに嫌な顔もせずに長いこと槙島を見つめていた。二人の間に置かれた紅茶はすでに冷めてしまっていて、今はただの茶色い水がティーカップを満たしていた。
「ねぇ」
女は手を伸ばして、ひとつマドレーヌをつまんだ。
「ハロウィンてご存知?槙島くん」
「ハロウィンに毎年10月31日に行われるヨーロッパの祭りだろう。その起源は古代ケルト人と考えられていて、元々は収穫を祝い悪霊を追い出す宗教的な色合いの濃い祭りだったそうだよ。日本ではただトリックオアトリートとお菓子をねだるだけの行事化してるみたいだけど」

マドレーヌを食べたら喉が乾いたのか。ティーカップに口をつけて、女はすぐに顔をしかめた。ティーカップの中身はすでに冷め切っていて、美味しくなかったのだろう。女は少し苛立たしげにティーカップをソーサーに戻すと、足を組み換えた。下着が見えてしまいそうな長さのスカートだと言うのに、女は気にした様子はない。槙島も興味がないようだった。
「もう…そうではなくて。風情がないのね」
「君だって対して変わらないだろう」
「まぁ、ひどい」
口元を手で隠して、女が上品に笑った。
「槙島くん。ハロウィンしましょうよ」
「お菓子が欲しいならそこのマドレーヌを食べればいいだろう」
ぱらりとページをめくって、槙島はどうでもよさそうに言った。
「飽きたわ。チョコレートが食べたいの」
槙島はため息をついた。まったく、この目の前の女はなんて気まぐれで我儘なんだろう。槙島は彼女の情報収集能力に感心はしていたけれど、彼女のこうした気まぐれで我儘で高慢な態度が好きではなかった。
こつりと音がして、なんとなく彼女がいるあたりに視線をやると、そこにいつも高いヒールを履いた高慢な足は見当たらなかった。変わりにヒールの音は机をまわって、槙島の目の前で立ち止まられた。目の前で立ち止まられて、槙島はしぶしぶ顔を上げた。
いつもの赤いヒールに、黒いストッキング。肌が透けて見えているのがエロティックだ。薔薇の模様の黒いスカートは丈が短く、屈めば下着が見えてしまいそうだ。白いワイシャツは2つだけボタンが閉められてなくて、ネクタイは結ばれないままだらしなく垂れ下がっていた。これだけならいつもと変わらない。しかし今日は頭にちょこんと乗っている小さな角に、背中には黒いコウモリのみたいな翼。まるで悪魔か何かの仮装だ。
赤い唇が、妖しく微笑みながら、「trick or treat」と言った。
なるほど、彼女はハロウィンをやりたくて先ほどのような質問をしたのか──。槙島は少し息を吐く。
「残念。あいにくそこのマドレーヌ以外のお菓子はないんだ」
「じゃぁ悪戯ね」
何をしようかしらと女が目を輝かして言う。あれも捨てがたい、これもいいかしら。普段澄ました顔ばかりの槙島に、ぎゃふんと言わせられるような悪戯がしたいのだろう。女は次々と案をならびたてては、自己の判断で切り捨てる。
槙島は読んでいた本に栞を挿んで脇に置いた。それから足を組んでいつもの様子で、言った。
「trick or treat」
「……困ったわ。私、お菓子持ってないの」
「じゃぁ、君も悪戯だね」




甘いイタズラを君にあげる




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