ネクタイを結ぶ




結婚してから職員寮を出たせいで、琥太郎さんの朝は前よりちょっと早くなった。それでも帰りは遅いのだから、つくづく保険医と理事長の仕事の両立は大変なのだなぁと思う。もともと琥春さんの仕事を肩代わりをしていたから大したことはないと言うけど心配だ。体を崩しやしないかと日々気遣っている。
台所で朝食の準備をしていると、唐突に寝室のほうから呼ばれた。

「おーい、#名前#」
「はーい」

朝はお互いに忙しくてそう喋らないから、嬉しくて少しウキウキしながら寝室に向かう。
寝室に行くとワイシャツとスラックスだけ着た琥太郎さんがネクタイを片手に少し困ったふうな顔をしていた。

「ネクタイを結んでくれないか」
「……琥太郎さん自分で結べるでしょう?」
首を傾げると、琥太郎さんが苦笑した。
「ほら、独身の頃言ってただろう?憧れだって。今朝、急に思い出したんだ」
そんなの、まだ付き合ってもいない頃のたわいもない話だ。陽日先生や宅飲みしながらテレビを見ていたときの話だと思う。


『ああやって旦那さんのネクタイを結ぶの素敵ですよね、私、憧れなんです』
『ネクタイを結ぶのが?』
『だって、奥さんの特権ですよ。ネクタイを結ぶのって』

そういえばあの頃から琥太郎さんが好きだったな、なんて思い出してちょっとくすぐったい気持ちになった 。琥太郎さんからネクタイを受け取って、ネクタイを結ぶ。爪先立ちになって、琥太郎さんのワイシャツの襟を立てて首にネクタイを回す。長さを見ながら胸の中心で交差させて結んだ。その間中琥太郎さんの視線がずっと向けられていて、なんだか恥ずかしかった。
「……できました」
自分で結ぶのと人に結ぶのとでは、勝手が少し違って難しかった。少し不格好な結び目を見て、琥太郎さんが失笑した。
「……もうっ笑わないでください!」
悪い、と言いながらも琥太郎は笑う。私は恥ずかしいのと少し琥太郎に腹が立ったので台所に戻ろうと踵をかえす。お鍋の火を止めるのを忘れてしまったし、まだ朝食の準備があるので終わらせたい気持ちもあった。

「ありがとうな、#名前#。また明日も頼む」
「はいっ」

部屋を出る瞬間に琥太郎さんにそう言われて、嬉しくて大きな声で返事をした。




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -