生きることは罪か

ブレードランナーのパロディ


白い鳩が飛び立った。目の前のレプリカントはうなだれたまま沈黙している。彼の静かな最期の声がまだ耳に残っていた。「その時が来た」彼は最期に笑って死んだ。生きたいと願った彼。彼を殺そうとしていた俺。なぜ彼が俺を助けたのかわからない。命の尊さを感じたのかもしれない。どちらにしろ、俺は生きていて彼――レプリカントは死んだ。彼らはアンドロイドだから〈壊れた〉と表現するのが適切だろう。それでも俺は彼は死んだのだと思った。

「お見事でした。これで終わりですね!」
「ああ…」

声がした方を見ると常守がいた。目が合うと彼女はにっこりと笑う。彼女はそばで項垂れているレプリカントを見て憐れむように一瞥する。

「……惜しいですよね」
「何がだ?」
「だって彼らは四年の命でしょう。……彼女も」

常守の言葉にどきりとする。そうだ――彼女もレプリカントだ。殺さなくてはならない。俺は指令を受けてないが、もしかしたら−−。疲労感でいっぱいの体を慌てて起こした。嫌な予感がした。




明け方のせいだろう。アパートメントは静まり返っていた。狡噛は車から降りると、足早にエントランスを通り過ぎるとエレベーターに乗り込んだ。階数と名前を言う。エレベーターが登ってる間、狡噛は気が気じゃなかった。胸騒ぎがする。どうしてなのか−−そんなのはわかっている。常守のあの言葉だ。あの言葉が喉に魚の骨が刺さったみたいに引っかかって取れない。どうしてこんなにも彼女のことで心がざわつくのか狡噛が考え始めたとき、エレベーターが止まった。狡噛は考えを追い出すようにかぶりを振って、懐から銃を出して警戒しながら降りた。誰もいない。静かな廊下をなるべく音を立てないようにして進む。まだ彼女をどうしたいのか決心はついていなかった。彼女はロイやプリスのように密航者でもなく殺人犯でもない。至って善良なアンドロイドだ。ドア越しに気配を探ってみる。物音一つさえ聞こえない。息を殺しているのかーーはたまた死んでいるのか。ドアノブを握り締める。まだ決心はついていない。ただ、彼女が気になる。一人にはして置けない一種の危うさを彼女は持っていた。彼女に会えば分かるだろうか。ドアノブを回すと、なぜかあいていた。おかしい。出かけるときにきちんと鍵は閉めたハズだ。もしかして−−そんな思いを払拭するように名前を呼ぶ。「……名前」返事はない。途端に狡噛の心の中に暗雲が立ち込めた。彼女はもしかしたら、常守かほかのブレードランナーによって殺されて(処分されて)しまったのではないか。ドアを開けて、神経を尖らせながら、慎重に部屋へ入る。
リビングのソファーに不自然な盛り上がりを見つけて近づく。掛けられているシーツから見覚えのある髪が覗いていて、狡噛は最悪の想像をした。彼女は殺されてしまったのではないか。おそるおそるシーツをめくる。彼女の綺麗な顔が死人めいて見えて、その頬に手を伸ばす。頬が暖かいことに思わずホッとした。彼女がゆっくりと目を開ける。彼女の美しいエメラルドグリーンの目が俺を見つめた。

「俺を好きか」
「愛してるわ」

間髪入れずに返ってきた言葉に、感情のままに口づけた。

「ついてくるか」
「いくわ」

今度は彼女から口づけられた。ちゅ、とリップ音を立てて彼女の唇が離れた。挑戦的な彼女のエメラルドグリーンの目が俺を射抜く。
体を起こして、当座の荷物を手早く纏めた。帰ってきたときと同じように、あたりを警戒しながら部屋を出た。部屋のキーは中に置いてきた。ここにはもう戻らない。怪しい気配はないので彼女の呼んでエレベーターに乗り込んだ。
本当は彼女をどうするのかは心の中で決まっていた。ただ少しの迷いがあった。けれど今それは消えた。彼女と生きよう。彼女と生きたい。たとえ人に後ろ指を差されようとも、あといくばくと知れぬ命だとしても。





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