かなわないひと



薄暗い路地に、規則正しい足音響く。雲合いから零れる月に照らされた彼は、神かと見間違う程に美しかった。どこか近寄り難いと思わせるのは無表情のせいか、はたまた漆黒の軍服のせいなのか。すれ違う人は、決して彼と目を合わさないように通り過ぎていった。
やがて彼は足を止めて、それから月を見上げたが、生憎と月は雲に隠れたあとだった。
からんからんと扉をあけると同時に軽快な音がなる。その音に気付いた名前か顔をあげた。

「いらっしゃいませ」

ふんわりと笑いながら、名前がいうと僅かに、──本当に僅かに、アヤナミは口の端をつりあげて笑んだ。彼をよく知っている者でも気付くかどうか、わからないくらいに。
アヤナミはカウンターに座るとジントニックを頼んだ。
「またお酒ですか…」
「悪いか」
「軍人さまなんでしょう。二日酔いになっても知りませんよ?」
そう言いながらも、彼が頼んだものを用意する。
こんな軽口を叩いてはいたが、実際のところ名前はアヤナミが酔ったところなど一度もみたことがなかった。いつも濃度の高いものばかり頼んでいるのに、である。アルコールに強いのか、もしくは顔に出ないだけなのか。おそらく前者なのだろうけど、アヤナミの表情は読めない。機嫌が悪いときとよいときは雰囲気でなんとなくわかる(ちなみに今日はよいらしい)のだが…。
「…どうぞ」
カクテルを差し出せば、アヤナミはグラスを手に取り、一口飲んだ。
「やはり貴様が作ったものが一番うまい」
「!ありがとうございます」
思いがけない言葉に頬に赤みが差す。
昼の常連さん達は珈琲はここに限るなんて言ってくれるけど、夜ここに来るお客さんには言われたことがなかった。
なかなか退かない熱に我知らずと俯けば、目の前で彼がふっと笑った気がした。
「笑わないでくださいよ!」
「笑ってなどない」
「口元がにやけてます!」
「…ふ」
「ほらまた!」
もー、と名前は呆れたように言う。しかしながらその顔は心なしか楽しそうに見えた。
「もう、アヤナミさんには勝てる気がしません」
「そうか」



かなわないひと





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