何度目かの夜明け




土方さんの隣に立って、その肩を支えたいと思うようになったのは、いつからだろう。いつも厳しいことばかり言っていて、でも一番彼が無理していることに気付いたときだろうか。悪戯をした総司くんを叱ったあとに呆れたようにため息を付きながらも、優しい眼差しで彼が居室に戻っていくのを見ていたことのを目撃したときかもしれない。近藤さんを見捨てて行く悲しみに泣いていたときかもしれない。志を決して曲げようとしないその背を追い掛けたあの日々のすべてが、私が彼に恋をさせたのだろう。
昔は誰も彼もが彼を鬼のような人だと嘯いていた。鬼の土方、仏の山南。土方さんは鬼の副長なんてあだ名がつくくらいに周りに厳しくて、しかしその実一番自分を律していて、時には無理をすることもあった。本当は仲間思いで、優しい人だ。本物の武士よりよっぽど武士らしくて、そんな凛々しさに私はとても惹かれた。






姿が見えないので心配して探していると、歳さんは縁側で日を浴びながら昼寝をしていた。春とはいえ、日が暮れはじめればだんだんと寒くなってくる。風邪を引いてはいけないから起こそうとして、少しためらう。ずいぶんぐっすりと寝入っているようだった。普段からは想像できないような穏やかな寝顔で、思わず口元がゆるんでしまう。
ふと、初めて会った時のことを思い出した。
屯所に旅の途中で出会った千鶴ちゃんと一緒に捕らえられたときはどうなるかと思った。新選組の名前は京以外にも私の郷里でも聞こえていた。あまり耳障りのよくないことばかり聞いていたし、殺されてしまうのではないかと内心戦々恐々としていた。上座に座る近藤さんも歳さんもしかめ面で、なんだか広間の空気が冷たくて彼らがとてもこわかった。
一緒に暮らすようになってからは、すぐにそんな風には思わなくなった。彼らはみな世間でいうような人ではなく、人情味あふれる優しい人たちだった。

「……歳さん」

この呼び方に慣れるのにずいぶんとかかった。今でも時々昔のように土方さん、と呼びそうになってしまう。そのたびに今はお前も土方だろと言われて、思わず赤面してしまうのが常だ。

「起きてください、風邪を引いてしまいますよ」

肩を揺すると、歳さんが薄く目を開いた。まだ寝呆けているみたいで、私の名前を呼ぶ声は少し舌足らずな感じだ。
再度肩を揺らしながら声をかけると、まだ眠いのかまぶたを擦りながら歳さんが私の名前を呼ぶ。はい、と返事をするとホッとしたように目もとを和ませた。

「もう夕方ですよ、風邪を引いてしまいます」
「……寝すぎたな」

そうぼやく彼を見ながら、くすくすと笑う。娘を起こさないように彼は起き上がると、懐かしい夢を見たと言った。

「まだ──お前と出会ったばかりのころの夢だった。あの頃はお前、終始びくびくしていた」
「そりゃぁもう。泣く子も黙る新選組に捕らえられたんですもの。歳さんなんて、今よりもずーっと怖い顔していましたよ」
「……そりゃぁ悪かったな」

バツが悪そうに言うあたり、もしかしたら自覚があったのかもしれない。

「あいつら、どうしてるかな……」

そっと、小さな声で歳さんが呟いた。優しい目をして、どこか遠くの方を見つめていた。
私はあの頃知り合った面々の顔を一人一人思い浮べて、少しだけ泣きたくなった。これから先、あの頃に出会った人たちとあうことはもうないだろう。死んでしまった人がいる。もう会えないくらい遠くに行ってしまった人も。今は新政府で働いている人もいた。
いくら願ったってあの優しくて温かかったあの頃には戻れないし、戻りたいとは思わない。もし戻れたと、しても、私は何度だって同じ道を選ぶ。

「きっと、皆さん元気ですよ」

激動の時代を終え、新しい方向へと日本は変わろうとしている。それがいい方向なのかどうかはまだわからない。
だけど、この先の未来にも笑顔があるのなら、この日本はいい方向に変わったのだろう。そうなればいいと心から思う。

「……だよな」

歳さんが呟いた。
遠くではカラスがカァーと鳴いていた。だいぶ傾いた夕日が、山の端に消えようとしている。



140506



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -