今でもあなたが



 うっすらと目を開けてみると、通勤に使っている電車の見慣れた車内にいた。扉は開いていて、その向こうから駆け込み乗車はしないようにとアナウンスが流れていた。扉の真上にある画面には急行××駅行きと表示されていた。それなら私の家の最寄り駅にも止まる。安心してほうと息を吐いた。アナウンスが流れて扉が閉まった。電車が動き出す。


 ガタンゴトン──



 車内はほどよく暖房が効いていて暖かい。思わず眠たくなってしまう。ふわぁぁと欠伸をすると同時に、電車がカーブにさしかかって揺れた。ふと視線をずらすと、一瞬男性が見えた。私が乗っている車両のすぐ後ろの車両だ。扉の窓から、紫色の髪の男性が見えた。あんな趣味の悪い髪色の人なんてそういないだろう。きっと六道くんだ。
 またカーブにさしかかった。男性がまた見えた──六道くんだ。思わずぽつりとこぼすと、聞こえたのか彼が顔を上げてこちらを見た。赤と水色の不思議なオッドアイと目が合う。ああ、嬉しい。六道くんだ。相変わらずそうだなぁ。目が合ったのはほんの少しの間だけ。だけどずっと長く感じられた。

『次は××、××──。お降りの際は忘れ物にご注意ください』

 はっとして視線を戻すと窓の外には見慣れた街の風景が広がっていた。立ち上がったついでに、もう一度六道くんが見えないものかと思ったけど、扉の窓からはもう誰も見えなかった。電車がホームに滑り込む。




 電車に揺られながら、昨晩見た夢を思い出す。
 おかしな夢を見た。中学の同級生の六道くんに会う夢だった。夢のなかの六道くんは随分と背が伸びて大人びていた。束ねられていた長い後ろ髪に年月が感じられた。必死に背伸びしていたあの頃とは違う、大人の余裕というものを漂わせていた。突然いなくなってしまったのだけど、あれから彼はどうしているのだろう。現在の六道くんはひょっとして夢の通りの容姿だったりするかもしれない。考えて、少し笑ってしまった。大人になったのに、あのパイナップルみたいな髪型が健在だったらどうしよう。きっと笑ってしまう気がする。そんな事を考えてたら、夢の中の彼の束ねられていた後ろ髪が蔦に思えてきてしまった。あ、ダメだ笑いたい。口元がにやついてでもいたのか、近くの人から怪訝そうな顔で見られてしまった。もう、六道くんのせいだ。六道くんが夢に出てきたのがいけない。もし会うことがあったら真っ先にグーパンしよう。六道くんのせいで変な目で見られたって。きっと六道くんは呆れたふうな顔で小さな私を見下ろして言うのだ。「それは僕のせいじゃありませんよ」って。小綺麗な顔で、ちくちくと嫌味を言うんだ。きっと。ちくしょう、六道くんに会いたい。

 私と六道くんが出会ったのは、中学生の頃だ。ありあふれた出会いだった。席替えをしたら偶然六道くんが隣の席になった。「よろしくお願いします」とあの綺麗な顔で微笑まれたその瞬間に私は恋に落ちた。とはいっても、私はとても臆病で、せいぜい友達らしく振る舞うのが限界だった。告白だなんて!そんなことできるわけがなかった。元々勇気がなかったのもあるし、多少話す仲となった頃にはこの関係を壊してしまうのが怖くて告白なんてできなかった。でもまぁ、そうこうしているうちに六道くんは学校へ来なくなってしまった。先生によると故郷に帰ったのらしい。その後も彼の取り巻きやよく似た髪型の女の子を見かけたり(あの時はとても失礼なことをしてしまったと今でも思う。六道くんと彼女を間違えるなんて)したけど、ついぞ六道くんと会うことはないまま私は中学を卒業してしまった。その後は世間一般的には順調な人生を送り、今は社会人になってしまった。
 中学生の私はあの頃に置き去りのまま、私のこころの片隅で意気地なしの私を睨み付けている。
 大人になれば六道くんを探しに行けると思っていた。大人は自由だから、どこへだって行ける。だから六道くんを探すことだって!私はただひたすらに色んな国の、主にヨーロッパの言葉を勉強した。いつでも行けるように。自由には自己責任がつきものだということを、この時私はまだ知らなかった。会社に勤めていれば、急には休めないし、でもお金は会社に勤めなければ手に入らない。お金があっても時間がないからちっとも六道くんを探せない。社会人になって大人になって、私はようやく六道くんを諦める決意をした。六道くんとは縁があればまたどこかで会えるのだから、それまで待とうと。たとえ夢の中と言えども会えたのだからまたどこかで会えるはずだ。そう信じている。
 不意に視界の端で南国果実によく似た頭を見かけた。ホームに降りる客に流されるまま、彼が歩いていく。行ってしまう。あ、嫌だ、待って。

「待って!!」

 あわてて降りようとして、ちょうど扉が閉まった。後ろ姿がちらほらと見えては人ごみに紛れて消えていく。ああ、六道くん。きっともう会えない気がした。電車が動き出す。思わずその場にずるずると座り込んでしまった私を、周りの人が怪訝そうに見る。

「六道くん……」

 喉が苦しくなって、涙がとめどなく溢れる。もう会えない。あれが最後だ。やっと、会えたかもしれないと思ったのに。

 六道くん、六道くん。

 私は本当にあなたが大好きでした。拙い初恋だったけれど、本当に、今も、あなたを、





 名前を呼ばれた気がして振り返ると、ちょうど電車が発車したところでした。不思議に思って、首を傾げる。
 不思議といえば、今朝方に見た夢は奇妙でした。あの頃幾度探しても捜し当てられなかった彼女が夢に出てきました。今はもうまったく未練はないつもりでしたが、垣間見た彼女を見ると会いたいという欲はみるみる間に沸き上がって、ボンゴレから休みをもぎと……もといいただいてこうして日本にまで来た次第です。会ってどうするかなんてのは考えていません。別に彼女どうこうなりたいわけではなく、ただ一目見たくて。
 中学生の頃、よく話す仲でした。特別に仲がいいわけではありませんでしたが、ただ彼女の日だまりのようなあのあたたかな雰囲気が好きでした。
 一目でいい。会いたい。




140322



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