偶像を愛する僕ら




僕はズルいから、この手を放せないでいる。






時々彼女がもの言いたげにこちらを見ているのには随分前から気付いていた。食事の時や、二人でテレビを見てるとき。車の中で。ベッドで。でもどれにも気付いていないフリをした。もの言いたげにこちらを見て、口をモゴモゴとさせて。結局君は言わないで、作り笑いを浮かべるのだ。
その事に僕は少しばかりホッとして息をつく。
僕はまだ、君の手を放したくない。
彼女が何を言いたいのかおおよその検討はついていた。きっと別れ話だろう。僕たちの間柄は、随分前から冷め切っていた。
僕達はもう夢を見ていられるような年じゃないし、現実にはきちんと向き合わなくちゃいけない。
分かっていても、僕からは放せないんだ。僕には君が必要で、君だけを愛していた。
「伏ちゃん」
「なぁに、名前」
「……ううん、なんてもないの。ただ名前を読んでみただけ」
「変な名前。もしかして何か隠し事ぉ?」
「いやだ、伏ちゃんに隠し事なんてしないわ」
嘘つき。
だって、僕は知っているんだ。君には別に好きになった人がいて、付き合ってはいないけど、その人と両思いなこと。でも君は優しくて、僕の手を放せないから、いつまでもこうしている。
僕たちの間柄が冷めてしまったのはいつだろう。現実を見つめはじめたあの高校三年生の夏からだろうか。夢は夢のままで終わり、安定を求め始めた。夢を貫ける人は僅かで、愚かしいと蔑みながらも、僕はそうした人がとても羨ましかった。あまり認めたくはないけれど。
きっと僕達は初めから分かっていた。分かっていて、けれど現実から目を逸らした。僕達は互いに愛し合っていて、いつか両親のように幸せな夫婦になろうねと、二人で夢想していた。
だけど、僕達は血は繋がってないけど姉弟で、世間は決して許してくれない。世間は僕等を姉弟と呼び、一度(ひとたび)僕等の関係を明かしてしまえばきっと軽蔑されてしまうだろう。僕達は結婚できるけれどできなくて、当時の僕達にはそれはそれは大変な衝撃だった。
ふいに携帯の着信音が部屋に鳴り響いて、名前が慌てて充電中の携帯を手に取った。だけど電話には出ない。名前は、頬を少し染めて、少し戸惑った顔で携帯の画面を見つめていた。僕にはそれだけで、すべて分かってしまう。きっと電話はあの人からで、君は僕への罪悪から電話に出ないんだろう。
「出ないのぉ?」
「うん、友達からだし、後でメールして用件を訊くからいいんだ」
ちょっと眉を下げて、残念そうに名前が言う。
繰り返すようだけれど、僕達の間は随分と前に冷めてしまった。それなのに今も一緒に居て恋人の真似事をするのは、お互いにあの頃の純粋さを捨てられないからだ。夢を叶うと真っすぐにただひたすらに信じていた。あの頃は全てが輝いていて、全てが希望に見えた。
僕はズルいから君の手を放さないし、優しい君も、僕の手を放さない。






偶像を愛する僕等
(行き着くのは天国か地獄か)







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