06



彼女の腕ををわざと少しキツく掴んで、わざと早めに歩いて保健室に戻った。保健室に戻るあいだ中、彼女は何も言わなかった。
「……お前は、郁の前だと笑うんだな」
郁の隣の隣で、年相応に笑っていたのを思い出すと胸のあたりがもやもやした。俺の前で彼女が笑ったのは、多分片手で足りるくらいしかないだろう。
「……せんせいの前で笑ったことって、ありませんでしたっけ?」
お茶を淹れながら彼女が首を傾げた。
本当は今日は委員会ではない。それに彼女は保険委員ではない。俺の手伝いを日頃からしているせいか、彼女は周囲に『保険委員』と認識されているようだが、実際は違う。ただ、この机の惨状を見兼ねて彼女は掃除をしに来ているだけだ。ただの善意で、そこには他意なんてない。ただ変なことを訊かれたから、少し気にしていただけ──。先のことを咎めたのは郁が彼女に迫っていたから。あいつら教師と生徒で、倫理的にも問題だしばれたら俺が面倒だからだ。
郁の前では年相応な顔をして、俺の前ではあまり笑わない彼女。
もしかしたら、あれは同意の上だったのかもしれない。それはそれで、問題だが。
そう考えて、嫉妬している自分がいることに気付いて、はっとした。郁に、嫉妬。
「せんせい」
「あ、ああ。なんだ?」
「……お茶が、入りましたよ」
湯飲みの隣にお茶請けにクッキーが出されていて、目を瞬く。
「今日はこっちでお茶しませんか?お茶うけもあるんです。せんせい、疲れていらっしゃるみたいだから。甘いものは疲れたときに善いというでしょう」
ほんの少し、彼女が唇の端を上げて微笑んだのに、思わず見惚れた。
彼女のそんな表情を見るのは初めてだった。いつもどこかここじゃない遠くを見ているような、そんな目をしていてた彼女が、優しく微笑むのを見たのは。
クッキーを一つ摘んで食べる。
「…美味いな」
「良かった。それ、私のお気に入りなんです」
もう1つ摘んで食べる。
さっきの嫉妬の事は忘れてしまおう。あいつと俺は教師と生徒で、それ以上なんかじゃない。きっと、普段見ない表情を彼女がしていたからだ。そうに、違いない。





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