05


名字が郁と話ながら年相応の顔をして笑っていた。我知らずと奥歯を噛み締める。彼女は俺の前であんな顔をしたことがない。いつもあの物憂げな瞳で、せかせかと保健室を片付けたり、委員会の仕事をしている。「ふふ、先生は冗談がお上手ですね」クスクスと名字が笑う。なんだか胸の辺りがもやもやする。



足音が止まった。さっきまで聞こえてたあの間抜けたあの足音は、多分琥太にぃだ。校内でサンダルを履いている人なんて琥太にぃくらいのはずだ。
ちょっと、イタズラをしようかな。
彼女がわからないと言う琥太にぃに、ちょっとしたプレゼントを贈る。そんな軽い気持ちで、彼女にそっと耳打ちした。それに対して、名前ちゃんは顔をかすかに赤らめて、でも普段みたいにクスクスと笑いながら「ふふ、先生は冗談がお上手ですね」と言った。
ほらね、名前ちゃんってとても普通でしょ。
男の人に言い寄られれば顔を赤らめることもあるし、陽日先生みたいに快活な笑い方ではないけど、彼女だってちゃんと笑う。
ちらりと廊下を見ると、琥太にぃが悔しそうな顔をして僕たちを見ていた。もう少し、イタズラしてみようかな。
「酷いなぁ。冗談なんかじゃないよ、本気」
彼女の髪を一房掬って口付ける。
「僕は君のこと、わりと気に入ってるんだけど」
どう?と微笑むと彼女の顔が真っ赤になった。
「郁!」
琥太にぃが教室に入ってきた。
触れていた彼女の身体が強張った。見れば、彼女は口をきゅと結んでいて、なんだか緊張しているみたいだった。僕が迫っていたときはなんともなかったのに、心なしか少し顔が赤かった。
「お前なぁ……!」
琥太にぃは眉を釣り上げて怒っている。僕は彼女から手を離して降参のポーズを取った。
「ごめんごめん。冗談だよ、琥太にぃ」
ね、と彼女に同意を促すとこくりと頷いた。さっきといい、なんだか癪な気分だ。
「こいつが中々来ないから見に来てみれば…全くお前という奴は」
「あぁ、もしかして委員会だった?ごめんね、引き止めちゃって」
「……いえ」
ああ、これはひょっとしてそうなのかもしれない。だとしたらそれはとても嬉しいし、願ったり叶ったりだ。
「お前もこんな奴に引っ掛かるんじゃない」
「?別に引っ掛かっては…」
「あまり郁には近づくなよ。」
「でもクラス担任ですよ」
琥太にぃに続いて教室を出ようとする彼女の腕を掴んで引き止めた。怪訝な顔をして彼女が振り返る。
「さっきのことなんだけどさ、そのまま伝えるっていうのはどうかな」
名前ちゃんが首を傾げた。
「なんにも答えがないより、ずっといいと思うよ」



[] | []



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -