01


ふう、と息を吐くのと同時に湯飲みが差し出されてなんとも言えない気分になった。彼女はいつも絶妙なタイミングでお茶を淹れてくれる。彼女はとても有能だ。掃除も得意だし、お茶を淹れるの料理も上手い。自分の分というものを弁えていて、でもどこか諦めた目の色をしている。彼女とすれ違いに卒業したあいつとは大違いだ。あいつはいつも真っすぐでがんばり屋で、そのくせどじで、危なっかしい。だから、いつも目が離せなかった。星月学園のマドンナ、なんていうあだ名もあった。
目が離せないのは同じだが、俺には彼女のほうがあいつよりいくぶんか危なっかしく見えた。なんて表現すればいいだろう。薄氷の上で一人で立っているような、そんな危うさが彼女にはあった。触れてしまえば割れてしまいそうで、他者が深く踏み込むのを拒絶するような空気を彼女は纏っていた。あぁ、少し前の郁と少し似ているかもしれないな。全てを諦めたような目は、特にそうだ。なにが彼女にそんな目をさせるのか。なんでいつも、なんとなくかなしそうな雰囲気を纏っているのか。知りたいけど、踏み込めない。
礼を言うと、彼女は目じりのあたりを和ませてそっと微笑んだ。

「お前の茶は美味いな」
「祖母に美味しい淹れ方を教わったんです」
ほら。またその目だ。
何も見えない、読み取れない。静かな、だけどその目を見ているとどうにも騒ついて落ち着かない。
開いている窓から生ぬるい風が吹き込んだ。チリーンと風鈴がなる。
窓の外ではもう木々が紅葉していて、なんとはなしに、去年の事を思い出す。結果としてあいつを傷つけてしまった。でも、それが間違っていたとは思わない。俺は教師で、あいつは生徒だった。
傷つきたくないから、もう誰も愛さない。もう二度とあんなふうに後悔するのも、気まずくなって見落としてしまうのも。ぜんぶ嫌だった。だから全部閉め出した。シャットアウトして、見ざる言わざる聞かざる。俺への好意はぜんぶ知らんぷり。それが正解かはわからないけど、でも多分正解だ。おかげで俺はもう傷つかなくていいのだから。
「ねぇ、せんせい。恋ってなんでしょう」
誰かを恋しく思う気持ちとは、どんなものなんでしょう。彼女が首を傾げて、無垢そうな目で、こちらをじいと見つめる。あいつは長かったけど、彼女の髪はさほど長くない。セミロングと言うには少し長く、ロングというにはまだ足りないきがする。ともあれ彼女が首を傾げたので、それが重力にそってさらり揺れた。

「俺にも分からん。むしろ教えてほしいくらいだ」
「せんせいでも知らないことってあるんですね」
俺だって知らないことくらいあるよと笑うと、彼女は残念そうにた眉を下げた。



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