03




ガコン、と音を立てて吐き出されたお茶をしゃがんで取る。今日は間違えて押さなくて良かった。昨日は間違えてイチゴオレ押しちゃったんだよなぁ。飲めないのに買っちゃったから、甘いもの好きの同僚にあげたんだっけ。思い出して苦笑いする。
傍のベンチに置いといた弁当を持って、休憩所を出る。今日はどこで食べようかな。昨日は裏庭、おとついは食堂で。
……そうだ、今日は屋上庭園で食べようかな。


屋上は今日もフラワーガーデンさながら、沢山の花が咲き乱れていた。さわやかな微風に乗って、花の薫りが鼻腔をくすぐる。伊作は肺一杯に空気を吸い込むと、顔をほころばせた。彼にとって、屋上でお昼ご飯を食べるのが一番の癒しなのだ。定期的にまわる検診で子供達と触れ合うのも楽しいが、いかんせん疲れる。子供達はいつも元気一杯で、小児病棟担当の看護師はすごいなと思った。

今生でも医者という道を志したのは、前世での出来事が大きく関係している。伊作は前世で、複数の集落を行き来しながら医者として生計を建てていた。そのころの経験が忘れられず、今生でも医者という選択肢を選んだ。今はまだ研修を終えたばかりのぺーぺーだが、いずれは医者が少ない僻地でこじんまりとしたものでいいから診療所を建てたいと思っている。

屋上庭園の奥には、ベンチが一つだけある。日当たりもよくて、花に囲まれたそこは伊作のお気に入りだ。いつものなら伊作はそこでお昼ご飯を食べるのだが、今日は先客がいた。
伊作は思わず生唾を飲み込んだ。
ああ、どうしてこの可能性を考えなかったんだろう。
善鶴が同い年で生まれてるなんて保証はどこにもない。たまたま僕や仙蔵たちは同い年だっただけなんだ。
――善鶴、
伊作は感動のままに近寄った。


項できっちりと結われた黒い髪。まるいおでこに、きりりとした眉。静かに寝息を吐き出す唇は少し開いている。まだ幼い面立ちは、伊作が出会い、恋に落ちた女とまるで同じだった。
もしかしたら、彼女は善鶴かもしれない。伊作は思いがけない出逢いに、希望を膨らませた。
何度夢に見たことだろう!
あの時代で果せなかった約束を、この時代で果せたらと。あの頃出来なかったことが、この時代でならなんでも出来る。二人きりで出かけることも、いつか君が言っていた外国に行くことだって!
この時代ではもう危ない橋を渡ることも忍務もないから、彼女の手当てをする必要はない。実を言うと、伊作はこれが一番嬉しかった。もう彼女が痛みに耐えたり、無事を待ちながらハラハラすることもない。もうあんな思いをするのはごめんだ。あんなのは一度きりでいい。
おそるおそる彼女の頬に触れてみた。ふにってして柔らかい。温かい。温度がある。当たり前のことなのに、伊作はなんだか泣きたくなった。
あぁ、温かい。
たまらなくなって伊作は彼女を抱き締めた。




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