殺してしまうぐらいなら最初から触れなければいいのに、どうして触れてしまったのか。
 あの青の吐息に。


 届かねえなあ、と感じる人が二人居る。青い人と、色のない人だ。勿論その他の七色の彼らにもかないやしないけれど、それとは全く違う感覚なのだ。黄瀬涼太は、青の彼と、透明の彼とに届かない。届く手を持たない。それがとても辛かった。

 正確に云えば、届かないわけではないのかもしれなかった。それよりも何よりも、届く届かないではないのだ。自分は、手を、伸ばしていないのだ。まだ。躊躇いのままに、美しいそれを壊してしまわないための予防線で、自分は彼らを見詰めるだけで、その領域に踏み入ろうともしていないのだ。
 だって、とてもきれいだったから。
 そんなきれいなものは、自分は、今まで知らなかったから。

 例えるなら、その背中だ。
 二人の対格差はかなりある。青の彼はとても恵まれた体躯を所有しており、その間逆に、透明の彼はひどく一般的なそれだ。共にいれば、どうしたって、比較対象として互いが選ばれ、それはついえることもないだろう。きっと、隣に立ち続ける限りに、(そしてそれは互いの未来の永劫に)終わりなくずっと、ずっと、比べられ続けるだろう。そんなものに、どうして耐えられるというのか。黄瀬には分からない。そんな経験は、やはりない。
 すると、いつか透明の彼は云った。 「別に青峰くんが青峰くんであったという、ただそれだけのことですよ。」

「そりゃ、悔しいときの方が多いです。ボクだって男だ。あの体躯は、バスケットセンスは、尊敬や羨望なんて生易しいものでは済まされないです。正直、どうしてその10cmをボクに回してくれないのかとイグナイトしてやりたい瞬間なんて数えきれないですよ。1日に最低2回は思いますよ。その度にボクの忍耐力は試されているのかと思うと、中学生にしてなんて苦行なんだとも思います。」

 でも、と、彼は続けた。

「それと、青峰くんがボクと並んで立っているという事象には、なんの関係もないです。ボクは、彼の隣に立ちたい。彼の影で在り続けたい。彼の足元に縫い付けられた、存在しない選手として、誰よりも近くで、彼のその光を見詰め続けていたい。それだけでいいです。」

 そして、青峰くんはそれを許してくれている。

「だったら、ボクは他にはいらない。何もいらない。」

 黄瀬くんは、違うんですか?

 黄瀬は笑っていた。言葉を言い終え、自分を見上げる透明の彼のその真っ直ぐな瞳を見つめ返して、うっすらとひっそりと、哀しい笑みを浮かべていた。
 ちがう、と。
 それは声にならない答えだった。けれど、心底の絶叫に近かった。思い知らされた苦しみだった。
 このとき、黄瀬は確信したのだ。ああ、届かない、と。
 自分は彼の隣に立ちたいと思う。けれどそれは、目の前の透明なる少年の思いとは掛け離れたものでしかない。彼の思いとは全くに違う、それでしかない。
 そして気付く。自分が畏怖し、羨望し、鮮烈に焦がれる彼のその姿の横には、必ずこの少年が立っているのだ、と。
 だから自分は、この二人には届かない。届けない。
 その手がない。
 そう感じてやまない。
 そしてそれは、終わりない最高の絶望と、終わりある最低の希望だったのだ。

 それを知っていた赤司は、猫のように笑っていた。くつくつと、声音にならない上機嫌の咽を鳴らして、「だからお前は、自分の幸せも分からないような奴なんだ、」と、黄瀬には判らないような狡猾さで、麗しさで、優しさで、そう云ってくるのだ。
 その意味や意図を尋ね返すほど、黄瀬も馬鹿ではない。赤司の云いたいことは理解できなくとも、赤司のさせたいことは伝わるのだから。

「俺は、あの人になりたいけれど、あの人の隣に立つ人間になりたいけれど、だけど、俺が一番あこがれてて、だいすきで、尊敬してやまないのは、あの二人なんスよ。」

 並んで立って、歪な体躯を隣り合わせて、凹凸のような身長差で、真逆の性格を突き合わせて。
 それでも互いの隣だけを選ぶ、彼らのかたちが、なによりも。

「なによりも、」

 顔を覆う黄瀬を見下ろして、赤司は笑った。
 笑って、俯いて身体を丸める黄瀬の頭を撫でた。

「だから?」

 黄瀬は答えを知っている。自分の出したい答えを知っている。
 だから、知らないふりをする。
 それを、赤司は知っている。

「お前は愚かだな。触れることを許されているのに、」

 触れる指と腕を、持っているのに。
 赤司はその手で彼の髪を撫で続けた。黄色い柔らかな頭は、かすかに震えていた。俯けた先で、その大きなてのひらで覆われた先で。
 静かに、僅かに。
 夜のしじまのように。
 震えて。

「誰もお前を咎めないよ。お前がどっちを奪ったって、お前が"ふたり″を"さんにん″にしたって、誰もお前を咎めない。知っているだろう? 黄瀬。俺も、緑間も、紫原も、そう、青峰も黒子でさえも、誰も、誰もな」

 けれどそんなの、お前は絶対に望まないんだね。

 黄瀬涼太は、青峰大輝と黒子テツヤの、ふたりのかたちを愛しているから。




















のしじまにれさせて

























2013.06.03
ここに居たい、そこに居たい。あなたになりたい。俺でいたい。
けれど俺のままここに居たくはない。
自己肯定感の希薄な黄瀬くんと傍観者の赤司くん。

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