「鬼灯さん!休憩しませんか?昨日、美味しいお茶菓子いただいたんです!」

「宜しいのですか?店は。」

「大丈夫です!この時間は割と暇なんですよ?」



ここの栗羊羮とっても美味しいんですと微笑む彼女は一週間の現世視察の間お世話になっている花屋の店主、亜弥さん。一週間ほど何時も働いている従業員が里帰りしてしまうということで短期のアルバイトの募集を出したそうだ。人当たりの良い彼女は様々な客層から好かれており、花屋にしては繁盛している方ではないかと思う。老若男女問わず、彼女のもとを訪れる人間は皆笑顔だ。



「この緑茶も美味しいですね〜!あ、茶柱立ってますよ!鬼灯さんの!」

「…あぁ、本当ですね。」

「今日はお天気も良くて花も嬉しそうですし、何か良いことでもありそうですね〜!」



この一週間、お世話になって思ったことがある。彼女はどんな時でも笑顔なのだ。特に、花を触っている時の顔は何よりも穏やかで見ているこっちの気持ちまでも穏やかなものにしてしまう。地獄で鬼神と言われる鬼灯だが、彼女の持つ空気に吊られてつい表情筋が緩んでしまう。こんな姿、白豚こと白澤に見られようものなら気持ち悪いと怪訝な顔をされるだろう。閻魔だったならニヤニヤと笑いながら余計なことを言うであろう。
甘くて美味しいですねと微笑んで一切れを一口、意外と食べ方は大胆だ。何だかその気取っていない感じも可愛く思えてしまうのだから恐いものだ。



「ふふふ、この一週間あっという間でしたね〜。鬼灯さん、お仕事直ぐ覚えて下さったので本当に助かりました。」

「いえいえ、亜弥さんの教え方がお上手なんですよ。」

「いーえ!鬼灯さんの元からのポテンシャルが高いものですから私なんて逆に学ぶことばかりでしたもの。本当に、ありがとうございます。」

「そんな大層な事はしていませんよ。」



頑なに凄いのは鬼灯だと譲らない亜弥。穏やかな物腰でもこれだけは引けないのか、何を言っても返ってくるのは鬼灯を称賛する言葉のみ。正直、満更でもないのだがここまで誉めちぎられるのは気恥ずかしさの方が勝る。表情には出さないようにしているが漏れだすなにかはあるかもしれない。本当に心から白澤や閻魔に見られていないことを安堵した。



「出来ればもう一週間、いていただきたいくらいです。」

「…とても嬉しいお話ですが、来週からは都合がつかないので。」

「はい、分かってます。…とても残念ですけど、無理強いは出来ませんからね!」



本心から残念だと言ってくれているのが分かるので、とても心が痛む。流石に一週間地獄を留守気味にしていたのでもう机に乗りきらない程の仕事が溜まっている筈だ。戻らねば苦しむのは鬼灯自身、魅惑的な提案にものるわけにはいかない。始めて自分の役職を妬んだ。
今日は本当に天気が良く、店内に吹き込む風は亜弥が纏う雰囲気のように穏やかだ。甘い栗羊羮に茶柱の立った緑茶、花の匂いが鼻を掠めるこの時間もあと少しで終わってしまう。今日だけは心の底から時間が止まってしまうことを願った。あと数時間経てばもう会うことは無いであろう、あったとしてもそれは死霊と鬼として。



「あ、そーだ!いちご大福も頂いたんです!食べちゃいましょうか!」



意外と食欲大勢な亜弥の後ろ姿をまじまじと見つめる、願わくばもう少しこの一時を楽しませてほしいと。


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