すっかり桃太郎とはメル友になり、この前鬼灯が側を離れるなと言った意味が理解できるようになった。桃太郎からのメールはもっぱら白澤の愚痴、なんでも場所も憚らず女性と見るや口説き始め営業時間内でもお構いなしでお茶してくると出掛けてしまう事があるとか。困った上司で薬学を学ぶはずが気が付くと酔って帰ってきた白澤の世話や、翌日吐き倒す白澤に黄連湯という吐き気や嘔吐、胃もたれ、消化不良などを改善する漢方薬を作っている事の方が多いらしい。その点、鬼灯は仕事中毒なので仕事上はとても信頼のできる頼もしい上司だ。…まあ、最近でこそ慣れはしたが自身を厳しく律しているので他人にも厳しく毎日隣で仕事をしている雪子としては少しくらい白澤の持つ穏やかな空気を分けてもらっても良いのではないかと思ったりもする。
お互い、無い物ねだりだねとついついケータイの画面を笑いながら見てしまう。いけない、いけない。これでは変な人だと軽く頬を叩く。



「なに携帯を眺めて百面相しているんですか、周りから気持ち悪いと苦情がきてますよ。」

「えぇ!?本気ですか!!」

「嘘です。」



慣れました、慣れましたとも。しれっと嘘を言われることも。いつまで携帯を見ているんですか仕事しなさいと怒られ懐に携帯をしまう。今日は割りと仕事が落ち着いていて従業員達もいつもより幾分かゆったりしている。閻魔も鬼灯に急かされず仕事をしているところを見ると今日は珍しく定時で上がれそうだなとペンを握る。今日は鬼灯にも視察などの外に出る仕事がないため一日デスクワークだ。束を手に取りパラパラと捲りながら必要事項を書き入れていく、時折資料を取るために腰を浮かす。これの繰り返しだ。八寒の頃から机に張り付いて書類整理等の事務仕事をしていたので慣れてはいるが、肩が張るのは避けようがないなと肩をまわす。



「こう座り続けては肩が凝りますね…。」

「そうですね、今日はずっと座ってますし…宜しければ揉んで差し上げましょうか?」

「では、お願いしましょうかね。」



同じことを思っていたのか鬼灯も肩をまわす。辛いだろうと出した提案だったがまさかこうもすんなり受け入れられるとは思わず目を見張った。普段、容易に人を寄せ付けるタイプではないのでこうもあっさりだと逆に怖い。どうしたのかと戸惑っていると、どうしましたかと振り向いた顔とかち合ってしまって急いで背に回る。



「し、失礼します。……えっと。い、痛くない…ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。」



肩を揉むだけなのに凄い緊張感だと冷や汗をかく雪子。本当に今まで交流らしい事を殆どしていないので距離感が掴めない。さっきみたいに一方的にからかわれる事はよくあるんだがそれだけなのだ。もう吹っ切れてあまり物怖じしないで接してしまえばいいのだろうが纏う空気の固い鬼灯にはそれをしていいのかとまた悩んでしまう。解決しない悩みに肩を揉みつつ溜め息がもれそうになる。



「雪子さん、貴女にもしてあげましょう。」

「え?いや!駄目ですよ!上司に肩を揉ませるなんて!!」

「いいから、座りなさい。ほら、ほら!」



答えが出るまもなく手を引かれ椅子に押し付けられ、抵抗するまもなく肩を捕まれた。見上げようにも前を向いていなさいと頭を押さえられて身動きを封じられる。抵抗を許してくれないので仕方なく大人しくしてみるもまたもや沈黙…、これだ。これをどうにかしたいのだ、どうしたらこの気まずさが消える。うんうん悩んでいると頭上から鬼灯の溜め息が漏れた。



「貴女はまだ気を張っているようですね…、少しは私の前でも気を抜いたらどうですか。別に、偵察だからと言ってとって食ったりしませんよ。」

「え、えっと…そうゆう訳じゃ……!」

「それに、私は貴女の事結構好きなんですよ。だから少しは気を抜いて下さい。付け入る隙がありません。」

「…………ふえ?」



口説けないでしょうと続けられ思考が停止する、本当に固いですね貴女の肩はと揉む手に変に意識が向いてしまう。これは今でのようにからかわれているのだろうか。それだとしても、こんな事を言うよな人だろうか。少し前まで肩が痛いと思っていたのに今度は胸が痛い、高鳴るこれは何だというのか。意味深な言葉ばかりを言う上司に何度悩まされればいいのかと顔を押さえる。とりあえず、今はどうにか平常心を保たねばと考えることを止めた。



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