仕事にも落ち着きが出来始め最近ではお香さんという女性のお友達も出来て大変充実した暮らしをしていたりする。たまに上司から八大の様子はどうだとか偵察は上手くいっているのかと連絡が入るが適当にあしらっている。来る前から偵察だと分かっているのに出来るわけがない、ただ学ぶべきところはこんなところがある等と連絡は入れている。正直、元の職場より働きやすのだここは。八寒に戻っても前のままでは仕事へのやる気なんて沸いてこない、戻ったときのためにも八寒には色々と考え直してもらわねばと思っている。そんな雪子の願いの籠ったメールを結局独立は出来そうなのかとしか返せない上司なのだから正直なところ全く今後に期待できないなと何だか悲しい気持ちにさせられる。



「あれ?鬼灯様、何だか顔色が優れませんよ?また徹夜を?」

「………えぇ、少しやることがありまして。ところで雪子さん、午前の仕事は終わりましたか?」

「はい、大体片付きました。」

「そうですか、でしたら午後は私に付き合って下さい。天国に行きます。」



なんの前触れもなく出てきた天国というワードにこの前仲良くなったシロの言葉を思い出す。確か、雪子が入る少し前に天国の極楽満月という店で薬学を習うためにシロの元雇用主である桃太郎が就職したと教えてくれたことがあった。見た目は残念だけど中身は良い奴だから会ったら仲良くしてあげてと思いの外酷い言葉を楽しそうな声色で言っていたのでそれから少し気になっていたのだ、絵本でも読まれるほどの国民的なヒーロー。それに単純に天国という土地にも興味があった。八寒は何かと閉鎖的で雪子は八大地獄の観光地ですら訪れたことがないほどだ。様々な地を訪れるのが最近の小さな趣味にもなっている。そんな雪子にとって願ったりかなったりの午後の予定、やや浮き足立ってしまう。



いつもの食堂で昼食を済ませたあと、予定通り天国に向かう鬼灯の後に着いて行く。天国と地獄の門番である牛頭と馬頭に軽い挨拶をし門を潜る。
一瞬見たことのない世界に感動をしてしまった。地獄にはない草木の匂いや鮮やかな花がそこかしこに咲いていて視覚的にも天国なんだと実感する。降り注ぐ光は穏やかで、気持ちがいい。こんな場所があったのかとやや興奮気味になる。



「もしかして雪子さんはここに来るのは始めてですか?」

「はい!私、八寒から殆ど出たことがなかったので…とっても新鮮です!」

「そうですか…、では私の側から離れないように。」

「え?は、…はい。」



何故か分からないが妙に神妙な面持ちで言われた言葉にとりあえず頷くことしか出来なかった。ここは天国だというのに何か危険なことでもあるのだろうか、ただ言われたからには特に抵抗するほどの理由もないので大人しく着いていく。それにしても綺麗な景色だ、それに兎までいる…触りたい気持ちを押し殺して鬼灯の背中を追う。いやでも、あんなにモコモコした生物が沢山…触りたいとっても触りたい。でも、触れない。…帰ったらシロに会いに行こうと思った。



「あれ?……あそこ、男性がシャチホコみたいになってますよ?」

「あれは気にしなくていいですよ。」



白い頭巾を被り何だか小学生の給食当番みたいな格好の人が首の骨どうなってるのと言わんばかりの見事なシャチホコになっていて気にするなと言われても気になる。いやいや、本当に大丈夫なんだろうかあの首。…あ、普通に起き上がった。何者なんだろうかあの人。その隣にいる籠を起こしている男性と何やら話している。



「だからね、鬼灯は昔遊女が堕胎薬として服用していたこともある。妊婦さんは食べちゃダメ。」

「その通り、もっとも貴方はたらふく食って内臓出るくらい腹下せばよいのです。」

「ウオオオオオ!!伏せろ!コイツは猛毒だ!!」

「あ、鬼灯さん!お久しぶりです。…あの、そちらの女性は?」

「あ、はじめまして。私、鬼灯様の補佐をしております雪子と申します。以後、お見知りおきを。」

「え、お前が女の子連れてるとか珍しい!しかも可愛い子だ!!僕、極楽満月の店主の白澤です!雪子ちゃん、こんな奴放っといて僕とお茶しない?」

「また貴方って人は…あ、はじめまして!俺、白澤様の元で薬学の勉強をしています桃太郎です。宜しくお願いします!」



ああ、この人が桃太郎なのかと考えていた人物に会えて嬉しく思う。何だかシロの言う通りだなと失礼ながらに思ってしまった、ごめんなさいとつい心の中で謝る。それにしても、この割烹着みたいなのを着た人が神獣白澤…書物で吉兆の印だと読んだことがある。人の姿をしているのかと何だかまじまじと見てしまう。にこやかに笑う姿からはそんなに高貴な存在であるようには思えない。



「雪子さん、いいですか。この男の脳みそは信用してもいいですが口は信用してはなりませんよ。漢方の権威とか言われてますが男としては関わるだけ損にしかなりません。」

「よう、兄ちゃん。何も言わずにコレ飲んでくれん?なぁ!」

「あ、あの鬼灯様……手を…。」



白澤の頬を思いっきり引っ張りながら言われても貴方の方が危なく見えますよと苦笑いしか出てこない。それにしても、並んでる二人は良く似ていて双子の兄弟喧嘩に見えてくる。…そんなに可愛らしいやり取りではないが。



「それより注文していた金丹は?」

「あーハイハイ、それはキッチリ本物を。」

「偽物が出回っているのですか?」

「いやー100円ショップで売ってる『トラベル中国語会話』にすら『これは本物ですか?』って例文が乗ってたからね。」

「大切な文なのですね……ところで金丹というのはあの中国の妙薬の?」

「そうそう、コレだよ〜!」



金色の綺麗な宝石の様な小さな丸薬みたいな物が白澤の手の中でコロコロしていた。コレがあの、と見いる。本当に綺麗だなと天国にあるものは全てが輝いて見えて困る。これで丸薬なんだから驚きだ。眼をキラキラさせながら見る雪子の横を通り抜け鬼灯が白澤の金丹の乗っている方の手に手を重ねる。突然の鬼灯の奇行に桃太郎と雪子、二人揃って何かと小首を傾げる。



「な、なんだよ…気持ち悪い……。」

「バルス!!!」

「手が、手がああああああ!!!ウオオオ!!それは何か!?滅びよって事かオイ!?お前、ジ○リマニアか!!」



ボキボキボキという人体から出てはいけない類いの音と共に白澤の手が二、三回あらぬ方に折れた。白澤の断末魔に合わせて小首を傾げていた二人も一緒に震え上がる。目の前で起こった衝撃的事件に桃太郎は声も出ないようだ。



「ちょ!鬼灯様!!ダメですよ!手が蛇腹状に、なってはいけない形に!!」

「白豚にはこれくらいで丁度よいのです、覚えておきなさい。何かされそうになったら容赦なく眼球を抉り出すくらいなさい。」

「雪子ちゃんに恐いこと教えんな!!あーもう!お前はとっとと代金払って地獄に帰れ!!あ、雪子ちゃんは残ってくれてもいいよ!」

「バルス!!!」

「ぎゃあああ!!今度は右手をおお!!!」



白澤が言い終わるのと同時に雪子の肩に伸ばされようとしたいた負傷していなかった方の手を反対の手と同じ方法で鬼灯の滅びの呪文という腕力で見るも無惨な姿に変えられた。痛いとかそんな問題じゃない有り様に血の気が引く。いや、獄卒なのだからこれくらいで引いていてはいけないのだと頭を振る。というか神獣相手にこんなとこを出来るだなんて尊敬してしまいそうだ、…してはいけないけれど。



「白澤さん、言っておきますけど貴方いつか奈落へ堕ちますよ。」

「落ちないもーん!僕は由緒ある神獣白澤だよ?落ちるわけないじゃーん!」

「…私は忠告しましたから。それと、高麗人もください。」

「それはあっち、獲ってくる〜。」

「あ、雑用なら俺が…!」

「よいのです、アレに獲りに行かせなさい。」



白澤に変わって高麗人を獲りに行こうとした桃太郎を鬼灯が制止する、上司に獲りに行かせるなんて気が引けると訴えようにも前に出した手を引く気は無いようで桃太郎は仕方なくその場に留まることに。桃太郎が獲りに行っても何か変わるわけではないのにとまたも鬼灯の行動に小首を傾げる二人。
そんな三人に背を向けへらへらと高麗人があるであろう畑に向かう白澤。雪子達から数メートル離れた場所に差し掛かった瞬間、白澤が視界からログアウトした。
突然すぎる出来事についていけない雪子と桃太郎。慌てて近くまで駆け寄るが鬼灯は特に焦った様子もなくいつものように静かにその場所に。そこには底の見えない穴があった。



「これが本当の奈落の底ってね。人がゴミのようだァ!!」



白澤の声で全く底の見えない穴からうるせえジ○リマニアと叫び声が聞こえてくる、余りの深さに何処まで続いているか分からない。奈落と言うからには地獄まで続いているのかと想像も出来ない高さに穴を見つめることしか出来ない。
そうこうしてるうちに穴から白澤が這い上がってきた、どうやって戻ってしたのだろうと桃太郎と顔を見合わせ驚く。流石神獣、二人には到底想像もつかない。



「イダダ、昨日こんな穴なかったのに…何コレ怖ッ…。」

「私自ら不眠不休で6時間かけて掘りました。落ちたことを誇りに思え。」

「ロ○ドンハーツのスタッフかお前は!!仕事しろよ!!!」



不眠不休…その言葉に今朝の鬼灯の『やること』というのが一致した。あの隈はこの穴を掘っていて出来たものだったのかと一人頷く。
徹夜した甲斐があったとスコップを持ちながら白澤を見下ろす鬼灯はとても満足げでどこかスッキリしたようにも見える。そりゃ6時間かけて仕掛けた罠に相手が引っ掛かってくれたのであればそんなに気持ちの良いことはない。白澤には可哀想だが何だかその事に拍手を送りたい気持ちだ。何とか這い上がった白澤も負けじと鬼灯に暴言を吐くもそれにしらっとした顔で暴言を吐き返す鬼灯。犬猿の仲、正にその言葉が相応しい二人の上司に部下二人はもう関わるのは予想とちゃっかりアドレスを交換した。お互い苦労しますね、と親近感がわいた二人だった。


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