疲れたと雪子が部屋に戻ってベットに体を沈める事が出来たのは深夜を回った頃だった。因みに部屋というのは直属の上司となった鬼灯の隣だ、閻魔殿の中にあり仕事場から直ぐなのは有りがたいのだが上司が隣となると何だか少し気疲れしそうだと思った…が案外慣れれば気にならないものだと自身の図太さに何だかほっとした。ここで折れていては此処では持たないだろう。
あの衝撃的な挨拶があった日から数日が経ち、閻魔の気遣いもありそんなに嫌な思いをすることをなく過ごしている。周りの人達も何かと気にかけてくれているようで嬉しい限りだ。人間関係は良好、だが大変なのは想像通りの洒落になら無い程の仕事量。その仕事の内でもある関係各所への挨拶回りも今日やっと終わった。書面の挨拶では済まないのが日本の面倒なところだと思う。忙しい中であっても地獄の二番手に補佐が出来たとあっては挨拶しないわけにもいかない。部署が多いので挨拶回りだけでも骨が折れる。表情筋をこれでもかと言わんばかりに鍛え上げただけではなく、補佐を勤めるのだからと事務仕事もその合間を縫って教えてもらった。これがまたスパルタで…、メモを取る暇もないので最近は毎晩毎晩その日覚えた事柄をノートに起こしている。こうでもしないと頭がパンクしてしまいそうだと思ったからだ。そんなことをしていると自分の時間などはなく、ノートが書き終わる頃には日が登り始めるので慌ててシャワーを浴び布団に潜り込む。短時間だが、泥のように眠り朝を迎える。この短期間で出来上がった自身のスケジュールに苦笑してしまう。案外私はメンタル的にも適応能力が高かったらしい。
だが、そんなスケジュールも今日はなんだかノートが進まない。だからって眠いわけではない、頭がなんだか上手く働かないのだ。これでは休むこともできない、気分転換だと膝にかけていたショールを手に取り羽織ながら部屋を出た。



何となく辿り着いたのは中庭の沢山の金魚草の前。図鑑とかで見たことはあったが生で見たのは初めてだと近くによる、意外と個体差もあり可愛いなと自然と頬が緩む。なんだか久しぶりに気持ちを落ち受ける事ができたような気がする。不思議な声を出しながら左右にゆらゆらと揺れる金魚草に吊られて雪子も左右に揺れる。



「なにをしてるんです、貴女は。」

「………へ?」



意識が微睡んできたところに鬼灯が後ろから現れた。あまりに突然なことに寝かけていた雪子はぽかーんと鬼灯の顔を見つめる。鬼灯であることは認識しているのだが、言葉が出てこない。



「なんです、私の顔に何か付いていますか?」

「え、あ、いや…何だか頭がはっきりしなくて。ついじっと…すみません。」

「………寝れないのですか?」

「え、ええ。そうなんです。」



はっとしてやっとの事で言葉を返すが会話が続かない。後ろから隣に移動し、何故か一緒に金魚草を眺める。これは何だろうか、無理矢理にでも会話をすべきなんだろうかと必死に頭を回転させる。だが、ここに来てからずっと仕事だけの付き合いだったのだ。お昼もそこそこに仕事、仕事…まともに話をした覚えがない。共通の話題や話せそうな話題が全く浮かばない、金魚草の声だけが聞こえる。



「偵察は進んでますか、その為に来たのでしょう?」

「偵察……ああ、そんなこと言われてました。何だか仕事が忙しくて完全に頭の中から消えてました。」

「………駄目な偵察ですね。」

「ですね。でも、元から私は独立のための偵察なんて…荷が重かったので。それに移動したからには今はこの仕事を覚えることが最優先だと思っています。」



そういいば私の目的はそれだったと思い返す。偵察なんて考える暇もなかったが、もとからあの上司は好きになれなかった。そんな上司命令での偵察なんてまともにしようだなんて思ってもいなかった。それに、ここ数日で八大からは学ぶことが多くて今の八寒では独立なんて出来るわけがないと確信していた。鬼灯の管理のもと、各所の隅々に至るまで教育が行き届いている八大。長年内々で仕事をしている八寒では怠けも出始め手緩い新人に指導する者も少なくなっていた。八寒は八大を見習い、今の体制を見直すべきだ。ただの獄卒だった私でもそう思うのだからそんな提案通らないのが当たり前だ。だからか本当に今は仕事をしっかり覚えようとしか考えていなかった。



「そういえば、何故偵察だと分かった上で私も補佐に迎えてくださったのでしょうか?」



初日から偵察で来ていることがバレていた事を思い出したので今なら聞いてみてもいいかと何となく聞いてみる。偵察だと分かっているなら突っぱねることもできたはずなのに何故だとここ数日疑問に思っていたのだ。



「単に本当に補佐が欲しいと思っていたのですよ、それに変な輩を寄越すようなら容赦なく追い返す気でしたよ。」

「そうですか…、確かにお忙しいですからね…。」

「まあ、貴女は良く働いてくれていますから追い返す必要は無さそうですね。」



ぽんと大きな手が雪子の頭の上に乗せられそのままくしゃっと撫でられた。その言葉や行動に驚いて硬直していると明日も早いんですからもう休みなさいと言って背を向け鬼灯は閻魔殿に戻ってしまった。
ここ数日の仕事を認めてくれたような言葉に何だか目尻がじわっと熱くなった。なんだか流されるように就いた仕事だったが、頑張って良かったと目を擦り明日も頑張らなければと自室に戻った。



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