「いいか?お前に全てがかかっているんだ!」

「……………はい。」



一面真っ白な雪に覆われた極寒の地、八寒地獄から妙に気合いの入った上司に八大へと送り出されたのはつい昨日まで部陀地獄で獄卒をしていた雪子。そんな雪子が何故、こんなに嫌な顔をしながら八寒と八大を隔てる門を潜っているのかというと約数日前の上司との会話に遡らなければならない。




「雪子、頼む。八大で鬼灯様の補佐をしてくれんか?」

「…………藪から棒になんです?」

「前々から言っていたが、我々が独立をしたいと思っているのは知っているな?」

「…………知ってますけど。」

「そこで考えたのじゃ、八寒一有能な人材を八大に派遣し八寒の凄さを知らしめたら独立を許すのではないかと。」

「あ、なら帰っていいですよね?有能っていったら春一ですものね。呼んできまーす!」



神妙な顔で話すものだから何かと思ってしまったが、自分には関係ない話だとほっとして部屋から出ようとドアノブに手をかけたが慌てた様子で呼び止められた。いやいや、だって私には本当は関係ないじゃないかと渋々もう一度上司に向き合う。



「確かに、春一は八寒一の実力を持っとる、だかな……アイツはアホだ。拷問は出来ても書類に向き合うのが何より苦手じゃ。だから、お前に頼みたいのじゃ。」

「…………なんでですか、私より有能な人沢山いますよ。嫌です。」

「そーなんだが…、他の者だと向こうの環境だと生活ができん。だからお前に頼んでるのじゃ!お前は八大の鬼と雪鬼のハーフだっただろ?長期滞在できるお前なら、偵察も兼ねて行ってきてほしいんじゃよ!」



ハーフ…、確かに私の母は八大の鬼で父は雪鬼だ。その為、私は八寒に住んではいるが八大にいても暫くすればなんなく生活が出来るくらいには熱にも強い珍しい雪鬼だったりする。他の雪鬼では到底向こうで仕事をすることなんて出来はしないだろう。それでも、正直生まれ育ったのは八寒だ。ここを離れるだなんて考えたこともない。それに、地獄のトップである閻魔様の右腕である鬼灯様の補佐だなんてどう考えても過酷だ。ただの獄卒である私が勤めきれるわけがない。



「無理です、そんな大層な役職についてもやっていける自信ありません。」

「でもな、もうお前の名前で書類を向こうに出してしまったんだ。人手が足りんと快く迎えると言っていた。だから、頼む!」

「…………………はぁ!?」



はなから私に断る権利は無かったのかと怒りが込み上げその勢いに任せて部屋を出る。なんてブラック企業に勤めていたんだ私は。家に戻り母に今あった怒りをぶつけてみた、がにこやかに良いところよ〜と返されてしまった。嘘だろ母よ、娘の顔を見てものを言ってくれ。母がダメなら父にと思ったが…のほほんと行ってこいと言われてしまった、この似た者夫婦め!!何だか気の抜けた親を見ていたらどうでも良くなってしまった。というか、逃げ場がなかった。
それからだ、職場に仕方なく戻るとあれよこれよと準備してましたと言わんばかりに引き継ぎを済ませて経った数日で文頭に戻るのだ。なんだこれ、人権はどうなってんだ。




「なんでこーなった。」



偵察であることを悟られるなよと念を押され門を潜るとむわーっとした熱気に少し気圧された、何だか気が重い。暑さのせいではなく、気持ち的な問題でだ。重たい荷物が更に鬱々とした気持ちにさせる。
偵察ね、偵察。…鬼灯様は相当の切れ者だという、あのじいさんの事だからもうバレてるんじゃないかと思うが一応は元になってしまった上司の言い付けを守るために辺りを見回しながら閻魔殿に向かった。



「失礼します、八寒より参りました雪子と申します。本日からお世話になります、宜しくお願い致します。」



閻魔殿に着きそこで働く方に声をかけて閻魔様の元へ案内してもらうと丁度鬼灯様とお話をされているところだった。意を決して二人の前に出て声をかける。やはり地獄のツートップの前は緊張するなと自然と背筋がのびた。



「あぁ、貴女が八寒からの…私が今日から貴方の上司になる閻魔大王第一補佐官の鬼灯です。宜しくお願い致します。」

「君が雪子ちゃん?嬉しいな〜!優しそうな女の子が来てくれて嬉しいよ〜!」

「ありがとうございます、宜しくお願い致します。」

「八大の偵察かなにかか独立させようとか企んでいるんでしょうが、補佐をしてもらうからにはしっかり働いてもらいますよ。」



穏やかな顔で迎えたはずの閻魔様の顔からさっと血の気が引いたのが分かった。空気も二、三度下がったかのようにひんやりしている。すっと手を差し出す何も悪びれる様子の無い鬼灯様の手を何とか握り返す。
ほら見ろジジイ、バレてるよ。ほらね!と心の中で毒づき、それでも補佐として迎え入れる程の忙しさなのかと頭が痛くなった。この微妙な空気を背負って仕事をしなければならない事が何よりも憂鬱に思った。



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