季節は冬。二月の寒い時期。日が降り注いでいないと外にはいられない時期だ。そんな時期に私は屋上にいる。そう、しかも男と添い寝しながら。
…いや聞いて下さい。別にこの人は私の彼氏ってわけでもないんですよ。友達ってわけでもないんですよ。え?誰だって?いや本当に知らないんですよ!隣に寝ているのはどう見ても泣いていたところに水もくれた彼だ。だがしかし、私は彼の名前も知らない。水のお礼をしたいと思って探してはいたが…、何故横で添い寝を!?さっきまであんなに嫌な思いで一杯だったというのに今は疑問で頭の中が一杯だ。あまりの驚きにその場を動く事が出来ない。ちょちょ、近い。顔近い。何これ?起こすべき?…起こすべき?

脳内会議をしているうちに彼の瞼がぴくっと動いた。維奈は更に身を固くする。起こそうかどうしようか考えていたが、いざ隣の彼が起きたらどんな反応をしたらいいのか解らないからだ。心臓がバクバクと脈を打つ。どうしよう、どうしよう、頭に木霊するのはそんな言葉ばかり。よく見たら奇麗な顔をしている…、なんて事を考えている余裕は無い。硬直して動かなかった身体を無理やり動かし取りあえず彼と距離を置く事にする。流石に近過ぎるからだ。こんな固いところに寝そべっていたせいか思う様に身体が動かない。…やっぱり寝るのは間違いだった。痛みと闘いながら腕にぐっと力を入れた。







「おい。」



少し低めの声。明らかに聞こえてきたのは隣からで…。あぁ、起こしてしまったのか。あまりの驚きに腕に力を入れたところで一時停止状態。再度頭の中ではどうしようという言葉が無限リピートを開始しだした。







「アンタ、三年だよな。」

「え?…う、うん。」



いきなりの問いに思わず疑問詞が出てしまった。え?今この状況は何もつっ込まないの?いや、私が聞きたいんだけどね。なんで隣で寝てるのかとか何で隣で寝てるのかとか。






「こんな時期に授業サボってて良いのかよ。卒業できねーぞ。」

「あー…うん。まあ、殆ど成績は決まってるから最後のテストで酷い点でも取らなければ大丈夫じゃない…かな?」

「……ふーん。」



なんでか隣に寝そべったまま普通にお話ししてしまった。

うちの高校は学年を記したピンを付けている。男子なら学ランの襟の位置に、女子ならブレザーの襟の部分に。多分、彼はそれを見て私が三年である事が解ったのだろう。そして私も彼のピンを見て二年生である事が解ったのでとっさにタメ語で話していた。よくよく見てみると妙に大人びな雰囲気を持った子だな…と思った。多分私よりも大人ぽい。






「…アンタ、この前なんで泣いてたんだ?」




彼は脈絡もなく思いついた事を聞いているのだろうか?流れの見えない会話に戸惑った。でもその事以上に、今一番話したくない内容をつかれてぐっと胸が締めつけられるようになった。自分の中では多少割りきれているつもりなのに…、言葉が出ない。いっそのこと人に全部話して馬鹿にされたり笑い飛ばしてもらったら楽になれそうに気がするのに…口を開いても出てくるのは私が吐き出す二酸化炭素だけ。言葉が出てくる事を拒絶している様に喉から上に上がってこない。






「言いたくないなら聞かねーよ。」




私の様子を見て気を使ってくれたのか、頭をぐしゃぐしゃとかき回しながらそっけないけれど優しい言葉をくれた。
年上の頭に手を置くって何事?なんて照れ隠しもいいとこだ。髪が乱れるじゃない。身なりを気にするタイプならこんな処で横になんかならない。いくつも浮かんでくる言葉を発し様としては違うと思って飲み込む。しばらく頭をわしゃわしゃと弄られながら考えたが…、今はこの言葉以外に私の想いを的確に表すものは無い。










「ありがとう。」

「………ああ。」



03.心からの笑顔


(あと、あの時水くれたよね。助かった。ありがとうね。)
(酷い顔した女がいたから同情しただけだ。)
(年上に対してその言葉使いはどうかと思うよ。)
(今更だな…、お前。)
 


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