! 閻魔庁や佐疫に対する捏造設定があります








なまえから送られてきた手紙のすべてを、佐疫は封を切った当時の状態のまま保管している。
ふたりの文通がはじまったのはもう随分前のことで、彼らはその関係性に大きな節目を迎えようとしていた。


桜の気配を感じる頃になると、毎年特務室へは佐疫宛になまえからの手紙が届く。
彼がこの時期になると妙にそわそわするのはそのためである。朝一番に食堂を訪れては、家政婦たちに手紙が届いてはいなかったかと確認をするのだ。
春はなまえが佐疫に手紙を送り、秋は佐疫がなまえに手紙を送る。それが二人の一年だった。

なまえもかつては閻魔庁で働く獄卒のひとりだった。
女性でありながら活躍する獄卒も確かにいたとはいえ、あの頃の閻魔庁はまだまだ働く女性にとっては厳しい世界であったと思う。のちに、「あの頃は火中に放り投げられた気持ちだった」となまえは言う。佐疫はなにをしても大抵が上位成績であったが、彼女はちがっていた。
剣術訓練、射的訓練、格闘訓練。実技はなにをとっても下から数えるほうがはやく名前が見つかった。特別有能な頭脳があるわけでもなかった。

「故郷に帰るよ」

なまえがそう言い出した頃、ちょうど佐疫は特務室行きが決まった直後だった。ずっと地面を見つめたままですっかりしおらしくなってしまった彼女を前にして、結構もったほうかな、と彼は思った。
彼女に対してなにか淡く甘い感情を持ちつつあるということを自覚しはじめたばかりの頃で、恋仲でも何でもなかった彼には彼女を止めるような真似はできなかった。
かわりに、一年に一度でいいから手紙を送ってほしいと頼み込んだ。きみのことが心配だからと嘘をついて。
おなじように佐疫に好意を抱きはじめていたなまえにとっても、それは嬉しいお願いだった。
あの頃、ふたりは確かにお互いを異性として意識し合う瞬間が増えていた。
任務といえども二人きりになると妙に緊張してしまうことや、ふとした瞬間に目があい、そのまましばらく見つめ合うようなことが多かったのがその証拠だ。
あともう一年、彼女が獄都に残っていたら。
自分たちは確実に互いの目を見合って恋に落ちただろうと佐疫は思う。


彼女の故郷は獄都から遠く離れた山奥で、西洋文化とは縁遠い地域であったから線路も敷かれてはおらず、そう容易く行き来できる場所ではない。
電話の線も繋がってはいないから、文通くらいしか連絡を取り合う手段がない。
彼女が獄都を離れたのは夏の終わりのことで、夜風がひんやりと冷たく感じる頃になると佐疫はなまえに手紙を送った。
どんな内容のものであったのかははっきりとは覚えていないが、彼女から返ってきた手紙のすべては読み返すことができるので想像するのはたやすい。
手紙による佐疫となまえの交流が途絶えたことは一度もなかった。会えなくなってしまうことで彼女への気持ちが薄れてしまうのではと懸念した時期もあったが杞憂でしかなかった。
やりとりを重ねれば重ねるほどに、想いばかりがつのっていった。黒い線の上にならんだ彼女の手書き文字の一文字一文字をたまらなく愛おしく感じるほどに。

朝一番に、家政婦のあやこは佐疫のもとに真っ白な封筒を届けにやってきた。あぁ、この日を、どんなにまったことだろう!佐疫は神から聖書をさずかった神父のように、高々と彼女からの手紙を天にかかげたあと、封蝋で閉ざされたあけ口に口づけをした。
横長の封筒と封蝋は、西洋文化に疎い彼女なりのせいいっぱいの努力だった。
封をあけると、甘く優しい彼女の移り香がふわりと漂ってきて、おもわず涙ぐんでしまった。

百年続けた。送った手紙は百通。届いた手紙も百通。あのとき抱いていた感情がなんだったのか、自分はなにを彼女に伝えるべきなのか、今の佐疫にははっきりとわかる。
手紙を読み終えた佐疫は丁寧に便箋をおりたたんで封筒に入れると、真っ白な枕の底にそっとそれを忍ばせた。
上着のぼたんを上までとめて、外套をはおり、帽子をかぶって部屋を出る。唇はいつも以上に優しく穏やかに、弧をつくっている。
大切なものを見つけた、男の顔だった。

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