えぐいほど美化された思い出のなかの少女でさえ、これは敵わないと悟らされた。 高校生の頃、あんなにあんなにキミを見ていたのに、今のキミのほうがずっと素敵だよってはっきりと言える。 ひさしぶり。 おもわず見ちがえるほど、綺麗になったね。
彼女は照れくさそうに頬を染めて目を伏せた。 あれからボクにはいろんなことがあって、ありすぎて、キミのことなんて脳味噌の外に弾き出されて、まるではじめから存在しなかったひとのように忘れてしまっていた。
そう思っていたのになあ。
実際はただ眠っていただけなのに、あまりにも思い入れが出来過ぎた無人島で目を覚ましたとき、最初に思い浮かんだのはキミのことだった。
昔、ふたりで学校近くのカフェに行ったとき、キミは紅茶に大量のガムシロップとミルクをそそいでいた。 ボクが、ぎょっとしているのに気づいて、すぐさま「甘ったるいくらいが好きなの」とキミは言った。
いま目の前にいるキミの手元のアイスティーはガムシロップもミルクも、砂糖だって入ってはいない。 薄くスライスされたレモンだけが物悲しげにぷかりと浮いているだけだ。
キミは、次に来る春で結婚をする。
相手はボクの知らない人だ。 キミとそいつがどういった経緯で知り合って、どちらが先に告白したのかなんて野暮なこと、ボクは聞かない。 相手の男のところへ行って、キミの悪口を言ったりもしない。
「安心してよ」
もうキミの人生の邪魔をしたりなんてしないから。 最近はとても気分がいいんだ。 キミの結婚式だって、笑顔で参列できるよ。 太陽の下で、キミとボクじゃない他の男が神様に永遠の愛を誓うのだって祝福する。 もし仮に、いつか相手の男がキミに愛想を尽かすようなことが起きても、ボクだけはキミの味方で居続けるよ。
「……凪斗」
「うん?」
「もう、平気?」
キミはそっとボクの左腕を撫でた。
それは、生まれたての赤ちゃんに触れるようなやさしい手つきだった。
平気さ。 たとえ見えなくても、忘れ去ってしまっても。 キミがどこかで幸せでさえいてくれるのなら、ボクにとってのそれ以上はないんだ。
「やっと、大人になれたのね」
「……うん」
「ながい、たたかいだったね」
彼女は泣きそうな顔で笑っていた。 キミが涙を見せるのは、いつだってキミ以外の誰かが理由だ。 そういうところは変わってはいないんだね。 キミはまぎれもなくみょうじなまえで、ボクの好きになった女の子だ。
「凪斗、泣いてるの……?」
キミが別の男のものになるなんて、ほんとは死んでも考えられない。