あれから無事に退院し、日常生活に戻ることが出来たものの、週末彼がやってくるという本当の意味での私の日常は未だ失われたままだった。
いつ彼がきてもいいように、彼の置いていった衣服やゲーム機といった私物はきちんと保管している。 けれども持ち主は姿を現さない。
私はなにか悪いものを患ったかのように、どっと体に疲れを覚えるようになった。 いままでだって彼に会えない夜はたくさんあったはずなのに、彼のいないベッドで眠るのが不安でたまらなくなった。 浅い眠りを繰り返して、ようやくみつけた朝日はまるで針のように私の体に突き刺していく。
お腹はちっともすかないので、食事も気が向いたときにしかとらない。 最後に彼とむかえた豪勢な食卓が嘘のように、いまの私の血肉は質素な食事でつくられている。
彼に会えないということが、こんなにもはっきりと体にあらわれるなんて、思ってもいなかった。


私の体は特別頑丈なわけでもなければ、彼のように治癒する能力が高いわけでもない。 怪我をすれば完治するまでに時間をようするし、病気にもかかる。 彼は、失望したのだろうか。 まさか。 彼が最後に告げたのは、私に対する謝罪の言葉だった。
愛想を尽かしただなんて、そんなはずは。
ぐるぐると螺旋のように思いをめぐらせていると、玄関のベルの音が部屋中に響いた。
彼ならば合鍵を持っているから、わざわざそんなことをしなくとも入ってくることができるはず。 いまはとてもではないが客人をもてなせる状態ではない。
私は枕に顔を埋めていないふりをした。
ベルが再び響く。 それでも無視をしていると、どういうわけか、がちゃんと扉の施錠が外される音がした。

私は勢いよく体を起こし、客人の立つ廊下の方へと頭を向けた。


玄関には、知らない男が気だるそうに立っていた。 彼は私と目が合うなり、面倒そうにため息をつき、玄関扉を施錠し、のろのろとブーツを脱いで私の前まで歩いてきた。

「……どうも」

男は寝間着姿のままの私を見下ろし、「田噛です」とやる気のない声でその名を名乗ったのだった。

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