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リコリス総合病院で看護師として働き始めてから数十年。今の私には悩みがある。


「あの、もうこれ以上は」
「どうして?」
「貴方様とお話をしていると、婦長の機嫌が著しく低下していくからです」
「でもそう言いながら、私を邪険にしない貴方はお優しい方だ」
「……それは、貴方様のそのお顔があんまりにもお綺麗すぎるのと、あの毒虫さんの上官であらせられるから、……ただ、そんだけです」

毒虫さんというのは私がお世話になっている病院に出入りをしている獄卒の方だ。
彼の調合の才能は見事なもので、先生や婦長からの信頼も厚く、私もそんな彼のつくる薬に何度救われたか知れない。
婦長が彼を毒虫さんと呼んでいる理由を聞いて以来、私も敬意と親しみを持って彼のことをそう呼んでいる。

「この顔を目当てにやってくる連中にロクなのはいなかったけれど、貴方の気を少しでも惹いているのならこの顔にした意味もあったということかな。 あの子は、抹本はとても優秀でしょう。ご存知のとおり、薬の調合に関しては右に出る者がいない」
「あのぉ……今日は先生とお約束なすっていたのでは」
「いえ、今日は貴方に会いにきたのです」
「はぁ。なぜまたそんな」
「おやおや、わかっているくせに」

そう言って私の髪に触れた彼の手が、ぺしんと叩き落とされた。
婦長が握る、丸められた患者様のカルテで。

「お帰り頂ける?」
「……はぁ、また貴方ですか婦長殿。 何度私と彼女の逢瀬を邪魔すれば気が済むのです、まったく困った人だ」
「お帰り頂ける?」
「それと窓のサッシ、ほこりがたまっていましたよ。 病院の看板を掲げるなら清潔な環境を保つのは当然の義務では?」
「お帰り頂ける?」

ちっとも会話が成立していない。
この方とお話をしているとどこからともなく婦長が現れるのは頻繁にあることなので別段驚きはしないが。この方もこの方で、それをわかっていて此処へ来るのを控えようとしないのだからたちが悪い。お互いを嫌悪するあまり逆に近づいていっているということにこのひとたちは果たして気づいているのだろうか。

「それではなまえさん、また後ほど」
「後などありませんわ」

ひらひらと手をふって、優雅に立ち去る彼をぼんやりと見送る。なんというか、まぁ、この程度ですんだのなら今日は運がよかったかもしれない。

「なまえには話があります。後ほど婦長室へ来るように」

……そうでもないみたいだ。

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