自分がみんなの足を引っ張っていることくらい、十分に自覚している。
身体能力が高いわけでも、武器の扱いがうまいわけでも、頭がいいわけでもないし。おまけに痛みに対して他の獄卒よりも敏感で、怪我の治りも遅いときた。
わざわざ、他人に言われずともわかっている。
わたしは獄卒にはむいていない。
努力で報われることも、たしかにある。けれどわたしがいま所属する組織に身をおく者はみんな、当然のようになにかしら天賦の才能と呼べるものを持っていた。なにをとっても、彼らは圧倒的で、ほかの連中とはもって生まれたものがまるで違っていた。
わたしには、なにもない。
そんなのは、もう何百年も前から知っている。
閻魔庁にいたころから、ぽんこつぽんこつと陰口を叩かれていたし。今更じゃないか。自分では気にしていないと思っていた。でも、どうやらそうじゃなかったらしい。
「おい。 かえるぞ」
今日だって、わたしなんかいなくても、田噛ひとりでなんとかなった。 いや、むしろ彼ひとりなら、日がくれるまでに終わっただろう。あぁ、もう。
わたしって必要なのだろうか。
「……え」
「なんだよ」
「あの、ここ」
いつのまにか赤やピンクがちかちかと光を放つネオン街を彼と並んで歩いていた。考えごとをしながら歩くのはよくない。
そのせいで、わたしはよく道に迷う。
ぐるりと、まわりをみわたす。ホテル、ホテル、ホテル、ケーキ屋、ホテル。うん、知らない場所である。ビルにくっついた看板に書かれたその文字。桃色天国。天国って。ここ地獄なのに、天国って。腕を組んで歩く男女たちは、カップルと思わしきものからそうでないものまで。いやいや。田噛くん。田噛くん。
「まよった」
「いつものあれで帰ればよくない?」
「イツモノ……、アレ……?」
「いやなに急に言葉通じなくなってるの?わたしはできないけど、田噛、できるじゃん! あの、しゅぱって切って、ぐにゃってなるやつ! あれやればいいじゃん!? というか行きもそれで来たよね?わたしたち」
「……?」
いやいや。なぜ言葉を覚えたての子供のように小首をかしげる。
「今日はもう遅いからどこかに泊まるか」
「いつものあれで帰ればよくない?」
「今日はもう遅いからどこかに泊まるか。ちょうどいいところにホテルがあるな。しかも部屋があいてそうだな。よしここにしよう」
「ごり押しやめてください」
「いくぞ」
私の言葉を無視して自動ドアの先へと進む田噛にはまるで迷いがなかった。なぜなんだ。
ロビーと思わしき場所に出る。
従業員らしき者は見当たらない。無人だ。
「あの、田噛、ここはさ……」
ロビーに設置された、各部屋の写真が表示されたタッチパネルを前にしどろもどろしている私の気もしらず、田噛は面倒そうに(それにしても迷いがない)Sランクと表示された画像に触れた。画面が暗転する。
「いくぞ」
話をきいてください。
使いなれないエレベーターに乗り、6と記されているボタンを押す。扉はゆっくりと閉まり、箱のようなちいさな密室は音もなく動き出した。本当にこれで上にのぼっているのだろうか。床に足をつけているのに、自分で歩かずして上階へあがるというのはどうも変な感覚がする。何回乗っても慣れそうにない。
なにか話すべきかと彼のほうを見るが、彼はぼーっと空気を見ている。いったいなにを考えているのやら。
彼は、私の目では見えないものをいつも見ている。
エレベーターをおりて廊下を進み、608とプレートに印刷された部屋の扉をあけると、どぎつい赤色をした壁紙が視界一面に映りこんできた。わぁ。なんの感動もない渇いた声がでた。
のろのろと靴を脱いで、いかにもとしか言い様のないつくりの部屋へと足を踏み入れる。
ひろびろとしたダブルベッド、あやしい販売機、天井一面に貼り付けられた鏡は、どう考えても場違いなわたしと隣の男の頭を映しだしている。
シャワールームには巨大な窓が設置され、ここからでも室内がしっかりと見わたせる。
「さてと」
やはりここはもしかしなくてもラブからはじまる建物なのだ。
言葉を失うわたしをよそに、田噛は脱いだ上着をハンガーに吊るしている。どうした。お、おまえが脱いだ服をきちんとハンガーにかけるなんて、どうした。
「やるか」
なにを!?
・ ・ ・
結論からいうと、めっちゃあそんだ。
ルームサービスでピザとラーメンとコーラとクリームソーダ頼んで、壁に埋め込まれた巨大スクリーンで映画観て、ゲームして、カラオケして、コーラとクリームソーダを頼んで、普通に寝た。
「…………」
普通に寝た。
「……おはよう、田噛」
返事がない。しかしなんとなく起きているであろうことは気配でわかるのである。田噛、と掛け布団に身を包んで芋虫みたいになっている男の肩をゆすると、枕に埋まった顔面から「……うん」という声が聞こえてきた。なにが、うん、なんだ……?
枕元に設置された時計は昼前になっているから、そろそろ出なくては。たしかこういうところって、長居しすぎると延長料金をとられるのではなかったか。昨日の夜は出かけるつもりなんてなかったから、お財布には最低限のお金しかはいってはいないのだ。田噛が毛布の隙間から片目だけだしてこちらを見ている。なんだ。
「……寝る」
「か、かえろうよぉ。肋角さんにおこられるって」
「俺もお前も今日は非番だろ」
うぐぅ。
「かえりてぇのか」
「え」
「獄都に、かえりてぇのか」
「…………」
「そうか。俺と一緒がいやか」
「だ、だから、そうじゃなくってぇ!」
こいつ、わかっていて言ってるな。
そう思った瞬間に、芋虫に腕をつかまれ、まるい歯形をつけられた。
「い、いたいんですけど!」
なんだ。なんなんだこいつは。わけのわからない感情が込み上げて、涙が浮かんだ。時間ないし、お金もないし、帰って報告書書かないといけないし、でも田噛は言うこときかないし、いたいし。
「他人のくだらねぇ戯言になんか耳を貸すなよ」
え
「誰がなにを言おうと、お前は特務室のなまえだろ」
「…………」
「返事は」
「は、はいっ!」
「よし」
田噛は納得したとばかりにうなずくと、再び布団のなかへと潜り込んでしまった。なんだこれ。なんなんだ。
もしかして、昨日からのこの奇妙な流れ。彼なりにわたしを励まそうとしてくれていたのだろうか。
「たっ、たがみぃ!」
うれしくなって布団ごと彼に抱きつくと、なかから「あつい」といらだった声がかえってきた。田噛。
そうか、田噛、おまえ。元気付けようとしてくれていたのか。わたしを。田噛。
「田噛すき……」
「キメェ」
「もう一眠りしたら帰るぞ」
「うん」
「一緒に帰るとあいつらがうるせーから、特務室に戻るのは別々な」
「だね……、だ、だってわたしも、最初は、てっきり変なことするのかと思ってびっくりしちゃったもん……あはは……」
「してもいいけどな」
「え」