! 暗い
! 意味がわからない
! ぬるい性描写あり








夢のなかの出来事と、現実での出来事の区別がつかなくなっている。
それともあのすべての出来事は現実として起きたことなのだろうか。今もなお、この腹のなかで蠢くものでさえも。


・ ・ ・


彼が私の夢に頻繁に登場するようになったのはいつからか、明確には記憶していない。
彼は、私が恋人と別れたり、仕事で失敗をしたりと現実世界で落ち込むような出来事が起きると決まって私の夢の中に現れた。
まつもとと名乗った彼は、黄みがかった緑色の瞳を持つ、気弱で穏やかな男の子だった。

「お、俺は、君の味方だよ。……なにか困ってるなら、なんでも言って」

はじめから、彼の存在を夢の中のものと認識していた私はなんの抵抗もなく彼を受け入れることができた。有り難ささえ感じるほどだった。それほどに、当時の私は自分の悩みを打ち明けることのできる友人と呼べる存在を持っていなかった。
なんでもいい。夢だって。彼は、心がさびしいあまりに自分が作り出した、偽りの友人だ。彼は、きっと私なのだ。
そう思えば自分の醜さも愚かさも隠すことなく打ち明けることができた。
彼は私のことが好きで好きでたまらないようだった。そんな、自分に都合の良い友人を作り出してしまう自らの浅ましさに嫌気をさしつつも、私は彼を大切にしてきた。彼を大切にすることは、自分を大切にすることだ。私は自分に言い聞かせるかのように、会うたび彼に、いつもありがとう、大好きだよと言い続けた。
そうでもしなければ、なにか、自分のなかの大切なものが壊れてしまう気がした。

彼がはじめの頃とは違った視線を私に向けるようになったことに気づいた頃、私は、当時交際していた男性の浮気性にひどく心を悩ませていた。

まつもとくんが私に対して向ける熱っぽく、とろんとした眼差し。以前は青白かった頬はうっすらと桃色に染まり、眉間には苦しげにしわが刻まれていた。
それは間違いなく恋だった。
まさか彼にそんな感情を向けられるとは思ってもいなかった私は、ひどく困惑した。
私の肩をやさしく押し、キスをねだるかのように近づいてきた彼の顔を寸前のところでぷいとかわす。
いまの私は、それどころではない。それに、あんな男でも、彼は私の恋人なのだ。私には、彼を裏切るような真似はできない。





「あんな男、君に愛される価値なんてどこにもないのに」



それから数週間後、彼は謎の失踪をとげ、二度と姿を現さなかった。


恋人、知人、上司。それからも、私のまわりの人間が失踪や怪死をするという現象がたびたび起きた。彼らに共通していたのは、なんらかの形で私の心を悩ませていたということだ。
私は、自分で自分のことが気味悪くなって、あの少年の存在を不審に思わずにはいられなくなっていた。ひょっとして自分は、なにか、とんでもないもののなかに足を突っ込んでいるのではないか。
残業を終えた会社の帰り道、電気の切れかけた街灯にとまった蛾の羽根の、目のような模様はじっと私を見つめていた。
私は心臓を素手でわし掴みされたかのような不快感を覚え、すぐさまその場を立ち去った。





「まってたんだ、ずっと。君のこと」

もはやそこは、私の部屋ではなくなってしまっていた。夢の中の、彼の部屋。私はどこからが現実で、どこからが夢だったのかもわからなくなって、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
ここは、私の部屋。そのはずだった。

「やっと、俺のこと、見てくれたね」

私にむかって伸びてきた彼の手は、白く、冷たかった。あまりにもリアルな質感に、私は吐き気を覚えた。これが、こんなにも鋭く鮮明なものが、夢であるはずがない。彼は、まつもとくんは、たしかに存在している。
しかし同時に疑問に思う。
彼、いったいいつからこの姿のままだった?
彼の姿は変わらない。出会った頃の、少年のままだ。
それではやはり彼はまぼろし?
しかしそれでは、いま起きているすべての現象に対する説明がつかない。

「……人間じゃないの?」
「あれ、言ってなかったかな」
「うん」
「俺、鬼なんだよ」
「…………」
「大丈夫。……ねぇ、もう、なにも心配しないで。君をかなしい気持ちにさせる人はどこにもいないよ。……だから、安心して俺のところへきて。ひとつになろうよ、ねぇ、なまえ」

私は求められるがままに、彼を受け入れた。
やさしく服を脱がされ、身体中にキスの雨が降る。
抵抗するという選択肢など思い浮かびもしなかった。
彼の肉体は細く白く、未発達な少年のもののまま永遠に静止していた。
骨の浮き出た不健康そうな体が、激しく上下に動いているあいだ私はぼんやりと彼の部屋を眺めていた。電球が光ってもなお薄暗い室内、分厚くて難しそうな本がぎっちりと立てられた本棚。怪しげな薬品の並ぶ棚。
昔に観たホラー映画に登場した、マッドサイエンティストの研究室によく似ていると思った。
脚を何本も持った細長い虫がそろそろと天井を這っている。彼と出会ってから、虫は、私の行く先々に現れる。彼らは私を監視しているのだ。

「綺麗だなぁ……」

彼はうっとりとそう呟いた。



あの一件以来、彼が私の夢にでてくることはなくなった。身の回りの人たちが消えることも。けれどそれが現実なのだという保証はどこにもない。
この世界はなにもかもが偽物で、本当の私はいまもベッドの上で、もう何年も目覚めてはいないのかもしれない。わからない。
私は、ふっくらと前に突き出た自らの腹に手を這わせた。この子は、鬼の血をひいている。

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