!ぬるい性描写あり
わたしをどこかとおくに連れていって、と懇願され、言われるがままにあの部屋から彼女を連れ去った。
ガタガタと揺れる電車の座席の、窓際のほうに彼女は座っている。 つぎつぎ流れる外の景色をぼんやりと眺める瞳にはいつものような凛とした光がない。 こぞって自殺を志願する人間たちのように真っ黒だ。
膝のうえに行儀よくのっかった手が、かすかに震えていたので、オレはすかさずそれを包み込むように握りしめた。
このあいだ見たばかりの、映画のワンシーンを真似たものだった。
窓際にはなまえが座っているから、オレには外の景色が見えないかわりに、彼女の顔がよく見えた。
なまえはいま、泣きそうなのを必死にこらえている。
終点のアナウンスが車内に流れはじめたころ、オレと彼女はすっかりなにかを決意した人間のような顔つきをしていた。
ふと、夫婦心中をしに海に向かう人間はこんな気持ちなのだろうかと思った。
いままでずっと、そういった話を聞いたり見たりするたびに、わざわざ遠くに行かなくとも死に場所くらいそこらじゅうにあるのにと思っていたが、ひょっとすると、このなにもかもに慣れていないようなふわふわとした感覚がいいのかもしれない。
オレは彼女の腕をひいて電車をおり、駅に設置されたちいさな箱にふたりぶんの切符を投げ入れた。
無人駅だった。
その日の夜は、偶然見つけたちいさな宿で部屋をとった。
金もそんなになかったから、おなじ部屋に泊まることにしたオレたちはなんとなくそういう雰囲気になって、なんとなくキスをして、そのままセックスをした。
彼女と体を重ねたのははじめてだった。 これまでどうして、一緒に寝なかったのだろうと思うほどオレと彼女の体は相性がよかった。
彼女の肌が吸い付くようにオレを包み込んだとき、オレはぐすぐすと涙を流した。 まるで、ひとつに繋がったところから彼女の悲しみが流れてきたかのように、そのときのオレはひとつの感情を彼女と共有していた。
これまでに感じたことのないような快楽とともに押し寄せる虚しさから逃れようと、いやいやとふり乱す彼女の髪を掴んで拘束をする。 ほとんど同時にオレたちは果て、そのまま泥のように眠りについた。
翌朝、なんとなく後ろめたさを感じたオレはなまえに金を差し出したが、彼女はそれを受け取らなかった。「なんでそういう知識はあんの」と静かに笑っていた。 オレはもう一度なまえにキスをして、ちいさな背中にぎゅっと腕をまわした。
「じゃあさ、付き合おうぜ。オレたち」
彼女が微笑んだ。
それからオレたちは電車にのりこみ、来たときとおなじように、敷かれた線路のとおりに獄都へともどった。
ふたりして、肋角さんにこっぴどく叱られた。
みんなにも、なまえを巻き込むなと怒られた。 それに対してなまえが「わたしが平腹に頼んだの」と言えば、みんなぎょっと目を見開いて彼女のことを見た。
そうだ、なまえはそんなことを言ったりするような奴じゃなかった。 誰かに迷惑や心配をかけたりするようなことはしない。 いつも誰かの後ろでなにかに怯えるように体をちぢこまらせている。
すくなくとも、みんなの知る彼女はそうだったにちがいない。
「なまえ、行こうぜ」
オレの言葉に頷いた彼女の瞳は、あきあきするほど見慣れたあの色をいつのまにか取り戻していた。