彼が私達の船に乗るようになった日から、私の顔に埋め込まれているふたつの目は常に彼に釘づけだった。その男の人は、ハートの海賊団の船長で王下七武海のうちのひとり。死の外科医という不吉な異名を持つ悪魔の実の能力者。一度だけシャボンディ諸島で顔を見たことがあったけど、私となにか特別な接点があるというわけではない。
にもかかわらず、私は気づけばいつも彼の姿を探していた。彼は借りてきた猫よろしくひとりでいようとすることが多く、そんな姿を私はいつもすこし離れた場所からじっと見つめていた。彼からしてみれば、ひどく不気味な女だったかもしれない。
それでもどうしても彼のことが気になって仕方がないのだと彼女に告げると、彼女はまるで歳の離れた妹を見る姉のような優しい眼差しをして、「好きなのね、トラ男くんのこと」と言うのだった。
途端に、私の胸の鼓動はバクバクと音を立てて早まり、頬は燃えるように熱くなる。好き。まさかそんなにもシンプルな解答が返ってくるとは思いもしなくて、逆にどうしていいのやら。視線をうつして、甲板に座り込み本を読んでいる彼を盗み見る。脱いだ帽子を膝に置き、植物のように黙り込みひたすら黒目で活字を追いかけている彼は、私のほうをちらりとも見ない。それなのに、どうしてこんなにも私は緊張してしまうのだろう。いつまでも見ていたいような、もうこれ以上は見ていられないような矛盾する気持ちがぐちゃぐちゃと頭のなかでもつれていく。

「話しかけてみればいいじゃない。彼、今はひとりみたいだし」

なんでもないことのように、大人っぽく笑いながらそう言った彼女の言葉に私はえぇっと声をあげた。

「む、無理だよロビンちゃん……あの人、ハートの海賊団の船長で、王下七武海なんだよ?相手になんてしてもらえないよ」
「あら。私はただ、私たちと海賊同盟を組んでいる海賊団の船長さんと、すこしお話をしてみたらと言っているだけなのだけれど」
「そ、それでも、駄目」

ひとたび彼と会話をしてしまえば、私のこの下心なんて簡単に彼に見透かされてしまう気がした。それは望ましくない。明日の天候が嵐になるくらい、私にとっては望ましくないのだ。
物静かで冷静な彼は、見ていて胸が苦しくなるほど大人の男性だった。実際、彼の年齢は私とルフィの7つ上で、そこには歳を重ねることでしか得られない壁のようなものがある。きっと、私なんてまだ子供だとうんざりさせてしまうに違いない。
頬を染めたままうつむく私の頭をロビンちゃんがやさしく撫でる。はやく大人になりたい。彼女のようにいつも落ち着いていて、優しくて、有能な女の人に。望んでいるばかりではなにも手に入らないとわかっていても、理想の女性像ともいえる彼女を前にするとつい羨ましく思ってしまう。

「ふふふ、案外臆病なのね。でも、ほら、どうやら彼のほうから来てくれたみたい」

ふと顔をあげてみると、たしかに、彼はこちらに向かって歩いてきていた。彼は、私たちのふたりの前までくるとその歩みを止めて、眉間にしわを作っている顔を私のほうに向けた。

「おい、お前。さっきから顔が赤いが、熱でもあるんじゃないのか」

その言葉に、私はますます顔を赤くした。
理由を知っているロビンちゃんはくすくすと楽しそうに笑っている。嬉しいやら、恥ずかしいやら。まさか気にかけるような言葉をもらえるなんて思ってもいなかったので、私は激しく動揺をしていた。それをおかしく思った彼が、不審そうに私の顔をのぞき込む。なんだかもう死んでしまいそうだった。このまま、わけもわからないまま息がとまってしまいそう。

「そうなの、この子なんだか調子が悪いみたいで。チョッパーを探しているのだけど、さっきから見つからないのよ。トラ男くん、すこし診てあげてくれないかしら」
「……俺の専門は、外科なんだがな」

チョッパーなら、さっき厨房でサンジくんの手伝いをしていた気がするんだけど。よくもまあこんなに冷静に嘘がつけるものだと内心でロビンちゃんに感心してしまう。

「歩けるか?」
「あ、はい……大丈夫です……」

ロビンちゃんは「名前のことお願いね」と彼に話し、それから私だけにわかるようににこりと微笑んでみせた。大人っぽいのにチャーミングな表情に、思わずぎゅっと心臓を鷲掴みにされる。頭がよくて、優しくて。やっぱり私、ロビンちゃんみたいな大人になりたいなぁ。



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