! オリキャラの息子がいます











一年に一度、この時期になると父さんはふらりと帰ってきて母さんのことを連れ去ってしまう。代わりにおれの家には父さんの連れてきた数人の男たちがやってきて、父さんと母さんが帰ってくるまでの間、おれの面倒を見る。兄貴肌で面倒見のいいシャチさん、家事全般をやってくれるペンギンさん、シロクマなのに人語を話すベポさん。父さんほどではないにしても、おれと彼らの付き合いもそれなりに長くなってきた。おれは客人用のコーヒーカップにコーヒーを注いでから、窓の外へと視線を向けた。父さんに腕を引かれる母さん。ふたりはどんどん小さくなって、すぐに見えなくなってしまった。

「そう不機嫌な顔をするなよ、ーーー。」

サングラスをかけた男が苦笑しながらおれの名を呼ぶ。不機嫌というわけでもないのだが、いちいち否定をするのも面倒だ。黙ってソファーに腰をおろすとまさしく不機嫌の証拠だととらえたのか、男がくつくつと笑った。

「船長には名前とふたりきりの時間も必要なんだ」

お前にもわかる日がくるよという男の言葉を、やはりおれは黙って聞いていた。
母さんはなにを言うわけでもなく、黙って父さんに従っている。言うまでもなく、父さんというのは特別なのだ。
一年のうちの大半を母さんにさびしい思いをさせるくせに、たったの一日でそのすべてが許されてしまう。
普段はこんな小さな島に息子とふたりで置き去りにされているにも関わらず、母さんは父さんにどうしようもないくらいに惚れていた。
幼い頃のおれの記憶のなかにいる母さんは、いつも窓から見える海を眺めてさびしそうな顔をしている。父さんを待っているのだということは聞かずともわかった。
おれという存在をつくって、出産時には立ち会わず、母さんのことを放置する、どこにいるかも知れない男。おまけに家を海の近くに建てるやつ。どうしてわざわざそんな男を母さんが選んだのか、子供の頃、おれは不思議でたまらなかった。
自分の家庭が普通ではないと知ったのは学校に通い始めて、たくさんの友人を持ち始めた頃だ。大抵の家庭には父親と母親の両方がいて、一緒にごはんを食べたり、休日に出かけたりするのだということを知った。おれの家には、あいかわらずさびしそうな母さんがひとりいるだけだ。母さんはいつも精一杯におれを愛してくれていたけれど、それでもおれが父さんがいない家庭で育ったということは変わらない。
おれにとっては家に父さんがいないのは当たり前だったし、その件に関しては別段さびしい思いをしたというわけではないが。
それでも、他の家庭を見るたびにおれが肩身の狭い思いをしていたということを知らないとは言わせない。
しかしそれも昔の話だ。
おれだっていつまでも母さんにべったりしていられないし、大切な友達だとか、好きな女の子だとかができるうちになんとなくわかるようになってきた。父さんがおれや母さんを見る目はとてもあたたかい色をしているということ。母さんやおれに対するすべての行動が、まるで宝物を扱うみたいに丁寧なこと。

おれは時々、若かりし頃の父さんと母さんについて考えることがある。
想像のなかのふたりは、いつだって海のなかにいた。まるで魚のように。若いふたりは身を寄せ合って、潜水艦の窓からじっと深海を眺めているのだ。母さんは父さんのことを父さんではなく、ローさんと呼ぶ。そして、母さんの肩を抱く父さんの腕にはあの派手な刺青が彫ってある。もちろんそこに自分は存在しないが、不思議とおれの心は満たされて水に浮いたかのように気持ちが楽になるのだ。

幼い頃、自分の家庭が普通ではないことを知った。周囲の人間が、おれに同情をしていたことも、母さんのことを馬鹿を見るような目で見ていたことも。けれどおれは自分のことを不幸だなんて思ったことは一度もないし、母さんだって、大人たちが思うほど馬鹿な女なんかではなかった。
おれはちゃんと幸せだったし、それは母さんだって同じに決まっている。普通じゃないとか、さびしいだとか。そのせいで不幸になるなんてことは決してないのだ。
父さんのことを恨んだ夜がなかったと言えば嘘になるが、いまとなってはそれすらも懐かしいと思える。あまり好きではなかった女受けの良い父さん似のこの顔も、最近は悪くはないと思えてきた。

「なぁ」
「うん」
「父さんは、ちゃんと母さんのことを愛してるんだろ?」
「今更だな〜! すっげぇ!今更!」

男はけらけらと笑っている。そしてニヤニヤ笑みを浮かべながら、おれの頭をわしゃわしゃと撫でる。おれ、もう頭を撫でられるような歳じゃねぇんだけど。

父さんと母さんは夕暮れ時に、手を繋いだまま帰ってきた。海に消えかけている太陽がふたりの後ろをまぶしく照らしていて、おれはおもわず目を閉じた。目元に手をかざして、そうっと目を開けて瞬きをする。その数秒、おれにはふたりの姿がいつもとは違って見えた。
白いツナギを着た若い女性と、黒と黄色のパーカーを着た男。それはまぎれもなく若かりし頃のふたりの姿で、おれの呼吸はひどく乱れた。むかしのふたりなんて見たこともないのに、おれの体を構成する遺伝子はそれを知っていた。
瞼を強くこすり、目をこらす。そこにはいつもの父さんと母さんがいた。おかえりなさい。おれがそう呟くと、父さんはすこし驚いたように目を見開いて、ただいまと言ったのでやっぱりこの人は父さんなのだとおれは当たり前のことを考えてしまった。遠くに見える海は、夕日を浴びてきらきらと光を放っている。父さんを連れて行く、いつもは憎らしい海がそのときばかりはおれの目にも美しく見えた。



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