コラソンとは特別仲が良かったわけではなかったけど、それでも彼は大切なファミリーの一員で、なによりドフィの実の弟だった。私が彼のことを良く思う理由なんてせいぜいその程度だが、でもそれだけで十分だ。複雑なことは、なるべく少ないほうがいい。私はそう思う。


それは私にとっても大きな事件となった。
あんなにもドフィに従順であった彼が裏切るだなんて考えたこともなかったのに、しかし一度そうかもしれないと思い込んでしまうともうそうだとしか思えなくなってしまう。なにせ幹部たちの言っていることを真実と仮定すれば、すべてのつじつまが合ってしまうのだ。
そして彼、コラソンが裏切者なのではないかという疑惑が浮上した際、それを一番に残念がったのはまぎれもない、彼だった。
それがいまは、コラソンを撃ち殺した銃を掴んだその手でフォークを握り、なんでもないことのようにラム肉を口に運んでいる。おそろしいのは、両極端とも言える彼のその言動は彼の中ではまるで矛盾してはいないということだ。コラソンの裏切りを残念がった彼が本物であったように、コラソンを撃ち殺した彼もまた本物であった。

私には、彼の考えることがわからない。
どういうわけか矛盾しない、かといって人格を使い分けているでもないこの男の心理は私のような凡俗な女の理解できる範疇を優に超えていた。
どうして彼のような男が、なんの面白みもない私をこうしてそばに置き続けているのか。私は未だ知ることができずにいる。

「それを、俺の口から言わせるのか?」

彼は笑みを浮かべ、私の肩を抱き寄せる。いつものような挑発的な笑みでも、おろかな質問をする私に対する嘲笑でもない。生徒に答えられない質問を投げかけられた教師のように、彼の反応はひどく曖昧である。めずらしく、困っているようだった。

「もしかして、私のことが好きなの?」
「……そうだ」

あっさり。
彼は満足気に笑みを浮かべると、グラスに残された赤ワインを一気に飲み干した。血のような色をしている。わたしは赤ワインという飲み物が苦手だ。

「ドフィには、もっと他に似合う人がいると思うけど」
「俺を自分のものにしたいとは思わねェか?」
「おもわない……」

彼はやれやれとおおげさにため息をついたあと、最後のひと切れであるラム肉を咀嚼し始めた。
私は空腹ではなかったので、彼が食事をするのを見つめているだけだ。
ファミリーとの食事の時間を大切にしている彼が、今日は私だけを食事に誘った。彼の意図を理解できないほど、私はぼんやりとはしていない。

「まぁ、気長に待つさ」

私はなにも言えなかった。獣に狙われた小動物のように、体を縮こまらせて黙り込んでいた。
私は海賊としての彼をたしかに信仰しているが、その一方で人としての彼に共感をしたことは一度だってなかった。いつか彼が私に失望したとき、なんのためらいもなく彼は私を殺すだろう。私にはそれが理解できなかった。理解できないからこそ彼という男がおそろしくてたまらない。
こんなに大切にされているにも関わらず、いまの私には、この豪勢な料理で彩られる食事の席が贅沢な晩餐となるのも、処刑場へと変貌するのも彼次第としか思えなかった。

彼にはすべてを有する特権がある。
人間などは言うに及ばず、地位も名誉も財産も。
彼はすべての人間の上に君臨する。私はそれについて考え出すと、どうしようもなく悲しい気持ちにさせられてしまう。きっとこの人は、本気で誰かを愛したことがない。
悲しいことに、例の事件をきっかけに私はそれを確信してしまった。

「気持ちは、本当に嬉しいんだけど。でも上手くいきっこないよ、私たち」
「フフフ、手厳しい女だ。だがな、お前。それならそんな目で俺を見るのをやめろ」
「そんな目?」
「俺以外の男を知らない顔をするな。無意識だとしたらたいしたモンだ。それで、コラソンを落としたのか? なぁ。奴とはどこまでやった?」
「そんな。彼は、ただの上司でしかなかったのに。どうしてそんなことを言うの」
「奴がいなくなってからのお前はおかしい」
「……それは」

それは、あなたの底なしに邪悪な一面に今更尻込みをしてしまったのだとは言えるはずもない。

「言いたくねぇなら言わなくていいがな」
「そ、そうなの……」
「俺がお前に、お前の嫌がることを無理強いしたことがあるか?」
「……ない、ね」
「お前もたまには俺に優しくしてくれ」
「う、うん……」

私は、たまらず顔を歪ませた。まさか彼から命令ではなくお願いをされるなんて。しかも、優しくしてほしいなんて、そんな子供みたいな。ううん。困った。
相変わらず彼の考えることはわからない。このまま考え続けると知恵熱を起こしそうだ。
私はテーブルの上の、ミネラルウォーターの注がれたコップをひたいに押し当てる。
彼はフフフと笑っていた。



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