麦わら屋が名前のことを特別大切にしているということは、多分、同盟を組んですぐに気づいていた。奴の思考は良くも悪くも読みやすい。
別行動をとっている名前のことを奴はことあるごとに気にかけていたし、無事に合流したあともケガはないかひどいことはされなかったかと念入りに尋ねていた。
わざわざ言葉にしなくたって、奴が彼女に向けている矢印なんざ見えないほうが不自然なのだ。いまだって、俺が名前に手を出さないか気がかりで仕方がないから、甲板まで俺を追いかけてきたに違いない。

「お前、名前が欲しいんだろ」

どっしりとした確信の込められたその言葉からは、なんの焦りも感じられなかった。
ずるい手段で彼女を言いくるめようとしている俺を責めることも、呆れることもしない。もとより俺など、名前のそういった対象になり得ないのだということを理由もなしに信じ込んでいる。
奴は、名前が俺を選ぶだなんて微塵も懸念してはいないし、たぶんそうなることを許さない。奴の名前に対するそれは、船長が船員にむける執着の度合いを明らかに越えていた。

「あぁ、欲しい」
「やっぱり。だってお前、あいつにだけは特別優しいもんな」

それはお前にだって、いや、お前にこそ言えることではないのか。そう言ってやりたかったが、それで奴が余計な感情を自覚するのはどうも面白くない。
名前の心はすでに半分、俺の手にあるようなものであったが俺にとってそれは充分とは言いがたい。むしろ限りなく不完全で、欠陥品のように価値がないとさえ思える。そして、いつまでたっても彼女の心がそうあり続けているのは、少なからずこの男のしわざなのだ。

「最初はあいつの名前も覚えようとしなかったくせに」
「気が変わったんだ」
「駄目だからな」

お前も知ってんだろ、と。念押しのように麦わら屋は俺のことを睨みつける。

「エースが死んで、名前はたいへんだったから」
「…………」
「あいつはもう十分、ひとりでツラい思いをしたんだ。だからこれからは俺が守ってやりてぇんだ」
「つまり、そこに俺はお呼びじゃないと、お前はそう言いたいわけだ」
「うん。お前じゃ駄目だ」

はっきりものを言いやがる。
どうやら俺は、名前に関する事柄の一切の信用を麦わら屋から失ってしまったらしい。
まさか女に関わることで奴とこじれる日がこようとは思ってもみなかった。
しかしそれでも彼女が欲しい。そして、一度欲しいと思えば手に入れなければ気が済まないというのが海賊の性である。

彼女に会うまで、たぶん俺は本気で女性を愛したことがなかった。
好きな女がいなかったというわけではない。今になって思えばそれは子供がするような、お遊び程度の可愛らしいものでしかなかったがそれでも当時の俺は真剣に恋人と向き合っていた。失恋もした。夜を過ごすだけの女もいた。だが俺をこんなにも切ない気持ちにさせたのは名前だけだった。
どうしても、手に入らない。
その事実は俺の海賊としての本能をどうしようもなく駆り立てた。

「選ぶのは名前だ」
「名前は俺を選ぶぞ?」
「たいした自信じゃねぇか」
「あいつのことはなんだってわかる」

そうやってお前と名前とを結びつけている強固なものを、断ち切る人間がいつか必ず現れる。本能に突き動かされるままでは決して扱うことのできない感情を自覚できないのなら、それはもう仕方のないことなのだ。

「賭けをしよう、麦わら屋」

その残酷なまでの無邪気さを持ってして、お前は彼女をないがしろにしすぎた。そしてそれは俺が唯一、彼らに付け入ることのできるはずの隙。

「今から俺は海に飛び込む。 ……俺を助けるために最初に海に飛び込んだのが名前だったら、そのときは俺が名前をいただく」
「他の奴が助けにきたら?」
「そのときは名前を諦める。あいつはお前のものだ麦わら屋」
「ずっとまえから、名前は俺のだけどなぁ」
「クク、そうか」

じゃあ、乗るんだな?この賭けに。

俺は深く息を吸い込み、甲板から足を浮かせると、そのまま海に向かって身を投げ出した。
あぁ。名前。俺はこんな馬鹿みたいなことをする男ではなかったのに。

海水が冷たい。




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