俺が思うに、そのとき名前はさびしくてしかたなかったのだと思う。
だから自分に優しくさえしてくれるのなら、俺じゃなくてもいいのかも。俺は目の前でさめざめと涙を流す彼女に思う。なんだかこの子、さびしいあまりに死んでしまいそうだ。
どこか遠くを見つめる彼女の瞳からはとめどなく透明な涙が溢れ出している。

名前が失恋をするのはこれで三度目のことで、そのたび俺は彼女の瞳を濡らす美しい涙にどきりと胸を高鳴らせてきた。

「気にすることなんかない。きっと相手の男に、見る目がなかったんだ」

俺は自分でも驚くくらいに優しい声をだして、グローブを外した手で彼女の涙を拭う。するととたんに俺の脈拍ははやくなって、春の小川のように澄んだ彼女の瞳から放たれる儚げな光りからたちまち目が離せなくなる。失恋という苦みが溶け込んだ彼女の瞳の、とりこになる。
いま俺の指を濡らしている彼女の涙は、口に含むと目を閉じたくなるほどしょっぱいはずだ。そしてそれは涙には塩分が含まれているからとか、そんなありきたりでちゃちな理由では決してない。
体全体からさびしさが溢れ出している彼女に、俺の目はもう釘付けだ。

「俺がいるだろ。俺が、ずっと名前のそばにいるから」

それでも一向に泣きやまない彼女を前にすると、俺の心ははじめて恋を知った少年のようにきゅうっと締め付けられて、泣きたいような笑いたいような不思議な感情がぐちゃぐちゃと交差する。この目の前の、可哀想な女の子を幸せにしたくてしたくて、たまらなくなる。他の男のことなんて考えられなくなるくらい、彼女の心を俺でいっぱいにしてしまいたくなる。こうして失恋を重ねるたびに、俺がますます名前のことを好きになってしまっているのだということを彼女は知らない。教えるつもりもない。なんにも知らないで、何度でも俺の胸で泣きにくる犬のような彼女が俺はたまらなく好きなのだ。けれどその想いを伝えたりはしない。首輪をつけてしまっては悲しみに潤んだ瞳も、花の種のように大切に育ててきた恋心も台無しになってしまう。
所有しないということの幸福を、俺はしっている。

いつか彼女が誰かと結婚をして、その男と大喧嘩をして俺のもとへやってきたとしても多分俺は同じように彼女の肩を抱く。いまみたいな優しい声で彼女の名前を呼んで、完璧な友人のままであり続けるだろう。相手の男に嫉妬したりもしない。

「大丈夫、俺はずっとそばにいるから」

花びらが散るように、はらりはらりと落ちていく彼女の涙を拭い、俺は彼女を慰める。永遠に咲くことのない花の種を心に植え付けて、彼女の体を抱きしめ、あとはただ、それが腐るのを待っている。



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