「どーゆうつもりだ!」

 薄暗い部屋で、ソファーに座ったハロルドに掴みかかるようにサイラスが怒鳴りつける。その怒った表情を見ると、かなりいかっているようだ。ハロルドはバカにしたように笑う。

「どうゆうつもり、だって? 警部補さんがかわいそうだったからさ」
「お前の、そのイカれた性格は分かってたつもりだけど、今回だけは許せねえ! あの馬鹿な警察の幸せと大金だったら大金取るだろう!」

 サイラスが言えば、ハロルドは嫌そうに顔をそらした。その態度にサイラスがついにキレたのか手を挙げれば、後ろからおいおい、と止めの声が聞こえる。二人が声をした方を向くとハロルドは人物を確認し、より一層嫌そうな顔をした。その顔を見て男は少し笑う。

「暴力はやめよう、今回は良いカモが居て俺がいっぱい稼いできてやったからさー!」

 その男は、まるでモデルのように綺麗な顔をした男だ。靴は高いヒールのついたものをはいており、スタイリッシュでカラフルなパンツを着こなしている。
 サイラスはその言葉を聞き、目の前に出されたお金を確認すると舌打ちをした。

「ふん、パーシーに助けられたな」
「別に、殴ってくれてもいいよ、暴力しか出来ない筋肉バカだもんね」
「てめっ、」
「まあまあ、ハリーも黙ってなよ」

 パーシーと呼ばれた男がハロルドを親しげに呼び間に入って仲裁すれば、ハロルドはまた顔を歪めるが、ふんと鼻を鳴らす。その様をみて、パーシーは苦笑いをするが、ドアが開き三人ともドアに注目した。
 するとそこには体中にピアスをして、緑色の髪をアシンメトリーに決めた男が立っている。パーシーは体の向きを変えると、その男に両手を広げた。

「エイルマー、ひっさしぶり!」
「やあ、パーシー、最近バタバタしててこれなかったよ。ところでまた喧嘩してんの? 子供だねー」
「「してない!!」」

 ムキになって言い返すところがもう子供のようで、パーシーが笑うと二人はバカにされた様に感じてまた不機嫌になる。こうなると機嫌を治すのは難しいだろう。そんな二人の性格を知っているエイルマーはテーブルに腰を掛けて足を組んだ。はしたないよ、というパーシーの言葉にエイルマーは薄手の服に手を突っ込むと、その手からマジックのように大金が舞い上がる。すると、パーシーは目を見開いた。

「なにこれ、なんでこんなに!」
「トニーの居場所を教えたらこんなにくれたよ。さすが売れっ子トニー、彼の情報は高く売れる」
「仲間の情報を売るなんて…」
「トニーがつかまるわけないし」

 エイルマーが目を細めるとパーシーはそれもそうだと言う。
 ここにいる四人は全て五天王だ。まず、ハロルド、彼は前も述べたように世界中に言わずと知れた怪盗。他にもこの一見無害そうに感じるパーシー・エリオット、彼は女と金が大好き。それだけで止まれば良かったが、犯罪では結婚詐欺で一時名前を轟かせた。今は名前を知られたので大きく動けないが、今も女を騙してはお金を取っている。そしてハロルドの隣の赤髪の大男はサイラス・ガフ、金と人を殴るのがすきな暴力男だ。お金を差し出さなければ容赦無く殺す、差し出しても虫の息まで痛めつけるほど非情である。そして、緑色の髪をして大金を出した男はエイルマー・バックル。世の中の事情は知らないことはない情報屋だ。但し、一つの情報に大金をつぎ込まなければいけないので、警察にマークされている。
 そして、名前の出てきたトニーとはトニー・バベッジ。金にも女にも興味がないが、自分の楽しいことと人を殺すのが好きないかれた人物だ。五天王の中で一番の極悪人である。五天王の四人はまだ仲が良いが、トニーだけは誰と仲が良いわけではない。彼には用が無い限り、誰も近寄ろうとしないのだ。そう、会うも会わない彼次第。

「ちょっとエイルマー、酷すぎやしない?」

 子供のように無邪気な声が部屋に響き、四人は身を固めた。優しい声なのに背筋が凍るのは、彼がどれだけひどい奴か皆知っているからだ。ゆっくり開かれたドアからは、極悪殺人犯と言われて想像する人物とははるかにかけ離れた小柄な男が立っている。笑顔が可愛らしく、短く切り揃えられた髪は清潔さが感じられる。カラフルな四人とは違い、一人だけ控えめの茶色の髪で、目は綺麗に澄んだ青色だ。地味な印象を受ける彼はこの中でも一番綺麗なイスに座った。指輪の嵌められた、長く細い指を絡ませる。そう、彼こそがトニー・バベッジ。

「良い暇つぶしになった、けど仲間を売るなんて。謝罪が欲しいな、そうだこの金3分の2、僕のものね?」

 良い考え、と喜んだように言うトニーに、エイルマーは黙った。どこが、仲間だ、と腹の底では思っているが察知されてはなにをされるか分からない。分かったという意味を込めて、手を挙げるとトニーはただ笑った。そして、その目はハロルドに向けられる。

「さて、ハロルド。今回君はしくじったんだってね」

 口調こそは優しいが、どこか冷たい声にハロルドは目を逸らした。だが、無視することはなく、トニーの言葉に答える。

「可哀想な警察でさ、お情けに渡してやった」
「君の気まぐれは別に勝手にしてくれて構わない、だけど、今回の絵は僕が仲介人として依頼したものだ。勝手に判断してもらっては困るよ」

 ピリッとした空気が走る。トニーが小さな口を開いた。

「次勝手な事をしたら容赦しない、君はここの皆と同じように僕に恩があるんだ。恩を仇で返すんじゃないよ」

 そう言うと、トニーは目の前のウォッカを取るとグラスに注ぐ。どうぞ、とハロルドにあげると、ハロルドは黙ってグラスを受け取った。したを向きながら、だがトニーの方へ体を向けながら小声で言う。

「今度からは、気をつける。」

 普段のハロルドからは想像もつかない弱々しい声にパーシーは、目を瞑る。このトニーという男は、四人のボス、いわば我らは駒に過ぎなかった。パーシーはエイルマーが持ってきた金を分けると、言われたとおりの3分の2をトニーに渡す。トニーは満足そうに笑うと、指を鳴らした。するとドアからいつから居たのかわからない二人の男が入ってきて金を運んで行く。

「分かればいいよ、聞き分けの良い仲間で良かったなあ」

 その言葉に皆言葉を無くした。仲間、と言う名の鎖でもある。誰もがトニーと話したく無いので、黙りこくったなかパーシーが手を叩いた。

「そうだ、ハリー! 可哀想な警察って、あのケネスなんでしょ?」

 パーシーが笑っていえば、ハロルドが頷く。ケネスの話はもうこの三人には回っていて、情報屋のエイルマーは聞かなくともわかっていた。四人で笑っている最中、一人だけは動きを止めた。

「わお、あの、ケネスに会ったのかい?」

 そう、口だけ動かしたトニーが言ったのを聞いて、ハロルドはああ、と答えると、トニーはいきなり立ち上がる。なにをし出すのかと次は四人が動きを止めた。すると、トニーはハロルドに近寄ると、目の前にひざまずく。ハロルドが驚いて目を見開けば、トニーは目を合わせた。

「さっきは怒ってごめんね、君のした事はとっても正しい事だ。ケネスは僕の命の恩人だからね、彼には幸せになってもらわらないと。彼を助けてくれてありがとう」

 先ほどとは打って変わってまるで本当のなかまのようにハロルドを見上げると、ハロルドの手を取り手の甲にキスをする。ハロルドとトニー以外はぽかんと口を開けて、された本人は手をすぐに引っ込めるとソファーの端になすりつけた。それを見てもなお、トニーは笑顔のままで立ち上がる。そして背中を向けると、両手を広げた。

「皆も、彼と会ったら紳士的な態度を取るようにしてね。ケネスになにかしたら、僕が許さないから」

 そこまで言うと、トニーは笑った口だけ見せて部屋から出て行く。残された四人の中、皆思った。
 あのトニーに好かれたケネスは早死にすることはないが、気の毒だ、と。



「ケネス、次は急遽ニュースに出るぞ、車に乗り込め」

 昨日見た人をバカにするような顔とは違い、上機嫌の警視正の顔を見てケネスは苦笑いする。車に乗り込みシートベルトをすると、欠伸をした。
 あのインビジブルから狙われた物を守ったということでケネスはヒーローになり、外に出た時にはカメラに囲まれてしまう。
 いつやられたかなど分からないが美術館でのセキュリティは壊され、警備員たちは持ち場で皆眠り込んでいたらしい。防犯カメラも全て壊されていて、誰もインビジブルの顔を見ていなかった。そこで、ケネスは本当のことを話そうとしたが自分の人生を変えてくれた“ハロルド”を報告する事などできるはずもなく。
『私がそこに駆けつけた時には、絵は置かれたままでした。犯人とは会ってもいませんし、私が絵を守ったわけではありません。ただ、入った形跡があっただけで、絵は置かれたままだったのです。』
 自分に名誉はない、そう言い切ったのだが、何もしていないと言えどインビジブルから守ったのは他でもないケネスだ。その為寝る暇なく、同じようなコメントを繰り返すケネスだが、先ほどから鳴り響いている携帯を見れずにいる。
 着信相手はノエル・キャボット。ケネスの実の双子の兄だ。兄は昔からケネスに優しく、警察になった時も誰よりも喜んでくれたのは兄でその時もお祝いの言葉と花が届いたのを覚えている。今もきっとニュースを見て、連絡をして来ているんだと思うが、ケネスは出れないでいた。
 ケネスと兄の仲は悪かった訳ではない。むしろ仲は良かった。両親は兄にばかりに愛を捧げていて、何度も嫉妬をしたことはあったが、兄そのものを嫌いになったことなど一度もない。兄はケネスを可愛がってくれたし、警察になりたいという夢を打ち明けた時自分を信頼しなかった両親とは反対に兄一人だけケネスに合っている職だ、と背中を押してくれた。そのためケネスは兄を慕い、警察になる勉強をした時もなんでも出来る兄を思い出してはやる気を出す。そのお陰で受かって、この場にいるわけだが。
 俺は、最悪な奴だ。
 あれは五年前、25歳の誕生日、両親から離れたかったケネスは一人暮らしをしていて誰に会うわけでもなく一人で過ごしていたが、そんな時兄から電話がきた。毎年お互いにプレゼントを贈り合いお祝いの言葉を言っているのだが、その日もそんな電話だろうと思った、が違う。妙に嬉しそうな兄の声、兄は結婚したらしい。その相手は二人の幼馴染のドナだった。確かに納得の相手だったが。
 ケネスは長年、彼女に恋心を抱いていた。警察の仕事も上手くいったら付き合いを申し込むつもりだったのだが、なんと彼女は兄と結婚してしまったのである。警察になってから忙しく、前から兄は紹介したい人がいると言っていたが会えないでいた。まさか、その相手が彼女だったとは。その日、ケネスはおめでとうとだけ言うと兄は電話越しでもわかるくらい嬉しそうに返事する。兄はケネスの心情などわかっていなかったからだ。
 その日からケネスは兄から来る連絡を一度も取ることはない。

「今年は素敵な誕生日だったな、ケネス。よくやったぞ」

 警視正は満足そうに微笑んだ。ケネスもはじめてそこで心から目を笑う。先ほどから鳴り止まない電話、苦しいくらい罪悪感に塗れると思ったが、それ以上想うのは空中に浮かぶグリーンアイと、腰に回された手、そして表情は見せないあの仮面。今の今までずつっとリピートされる彼との出会い。誕生日に兄以外の事が浮かぶのは初めてで戸惑いながらも、兄を恨まずにいれるのは単純に嬉しい自分がいる。

「ハロルド…か」

 誰に言うわけでもなく呟かれた名前、それはケネスにとって生涯忘れることの出来ない名前だろう。彼こそが自分へのプレゼントの気がしてまた彼の顔を思い出し、少し笑った。時間はもう12時を過ぎていて今日がまた始まる。今日誕生日の人が幸せになれればいいなと、ケネスはこっそり思った。









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