朝起きても疲れが取れていないとはこの事を言うのだと思う。ケネスは疲れでなかなか起き上がれない体は関係なしに鳴り止まぬ目覚まし時計の音を聞きながら、自分も歳になったのかと項垂れた。
 いや、自分はまだ歳ではない。歳とかではなく、ここ最近自分に起きている出来事のせいだと思う。
 冷静に考えながら3度目の目覚ましのスヌーズ音に急いで起き上がろうとすると扉がいきなり開く。

「ケネスさん、おはようございます」

 元気よく挨拶する声で頭は一気に目覚めた。目をこすりながら見るとそこにはリカードが困った顔でケネスを見ている。

「開けてしまってすいません、ただそろそろ起きないと遅刻してしまうかと」
「・・! あ、ありがとう!」

 時計を横目で見て急いで飛び起きると、たちくらみしながらも階段を下った。ケネスさん、と自分を呼んだ声が聞こえたがそれどころではない。たしかに遅刻してしまう。
 急げ急げと洗面所に行き顔を洗い歯ブラシに歯磨き粉をつけていると、扉が音を立てて開いた。目の前には自分が今まさに疲れの原因となっている人物が欠伸しながら立っている。固まったままのケネスの横を通り過ぎると、目を細めながら一言。

「朝からおっさんのパンツ一丁なんざ見たくねえんだけど」

 憎まれ口を叩くのはこの家で1人しかいない。お前のせいで疲れてるんだよ、あとパーシーはどこへやった! という言葉を呑み込み、ハロルドを無視して歯ブラシを口に含んだ。
 ケネスがシャカシャカと音を立てる中、ハロルドは蛇口を捻りお湯で顔を洗っていた。その後ろ姿を見て、こんなに近くにインビジブルがいることが悔しい。どうやって証拠を取ってやろうか、と考えているとふと思い出した。

「お前、もう五天王の仕事はしないのか?」

 こっちに来てから全くもって聞かないインビジブルの犯罪。警察の仕事は真面目に出ているからか、そんな暇もなさそうだ。今もしインビジブルの犯罪を犯せば、帰って来た瞬間手錠を掛けられるのに。濡れた顔を上げたハロルドは、口を尖らせた。

「暫くはしねー」

 粉々になった仮面を思い出すハロルドを見て、ケネスは不思議に思いながらも何も聞かずバタバタと洗面所から出て行く。ハロルドは自分の歯ブラシを取ると、呑気に首をかしげた。

「エイルマーになんか頼まなきゃなあ」



 パーシーはいつも考えていることがあった。例えば今、自分より強い者が現れたら、いきなり自分が殺されたらどうするか。だからこそ自分のしたいことはしておこうと思っているのだが、今したいのにできないことがあった。

「この間の仕返しをしたいんだよねぇ」

 隣に聞こえるか分からない声で呟くと、隣に座っていたブロンドの髪の女性が少し笑う。そして長い爪に真っ赤なネイルをした手で、パーシーの太ももを優しく触ると口を開いた。

「やだ、また悪いこと考えてるのね」
「んー悪いことというか、俺のプライドが」

 美女は切れ長の目を動かすと可笑しそうに笑う。パーシーはその顔を見て、決して顔には出さず不細工とだけ思った。
 さて、パーシーが仕返ししたいというのは1人しかいない。今寝不足のケネスである。なぜかと言えば、先日銃を向けられた事が頭から離れなかった。あの時、もしもハロルドがいなければ自分は丸腰な上に体勢も悪かった為、撃たれていてもおかしくはない。あんな間抜けなケネスに窮地に立たされた事が思い出すだけでも恥ずかしいのだ。
 いや、もしもあの場にハロルドが居なかったとしても。
 ハロルドは気付いていないようだったが、ケネスには全くの殺意がなかった。あの場でパーシーに銃を向けたのは、咄嗟の判断と言えよう。そう、殺意がないことにパーシーは尚更腹立たしい。自分だけが綺麗でいますとでも思っているのか。

「自分はいい子ちゃんですってアピールもウザいし、それなのに本当の悪を倒す勇気もない。自分は常にいい位置に立とうとする。ねえそんな奴どう思うよ?」
「うーん、つまりはぶりっ子ちゃんってこと?」

流し目で言う彼女にパーシーは動きが止まってしまった。やはり女の発言と思考は突拍子もない。成る程、ぶりっ子ちゃん。すごく奴に当てはまるではないか。本当ならば彼女と今日は一夜を過ごし、金品を巻き上げるつもりだったがそんな気分ではない。そのぶりっ子ちゃんに仕返ししたくてたまらないパーシーは黙って立ち上がると彼女の肩を優しく撫でた。そして手だけ上げて背中を向けると彼女は彼に聞こえない声で呟く。

「なに、ぶりっ子ちゃんに夢中なのかしら」

 そんな事を言われていると知らないパーシーは、もうケネスへの仕返しを考えていた。もちろん、自分自ら手を加えてしまえばトニーに瞬殺されることすら分かっているのでそんな馬鹿な真似はしない。こうケネスと関わろうとしている事自体が馬鹿な真似だが、いい事を思いついた。ケネスの近くにはケネスを嫌っている自分の仲間と言えるかわからない男がいる。所謂ハロルドにケネスをハメてもらえばいいのだ。幸いケネスを愛してやまないトニーは2日間どこかへ旅に行っていると噂だ。
 もしどこかで見ていても怒られるのは俺じゃないしね。
 仲間と言いつつもいつでも売れる気でいるパーシーは革靴を鳴らした。だが、ハロルドも単純ではないしなによりトニー直々に忠告を受けていたはず。そう簡単に話に乗るわけがない。自分が話を振ったと思わせないで、且つ自分も近くで裁きが見れる方法。パーシーは先日、危険な事があったせいでまたあったら嫌だからとハロルドの電話番号を入れていた事を思い出した。一番最新に入れた番号に手をかけると、ツーコールで不機嫌な声が聞こえる。

『なに、今仕事中。逮捕されたいのか』
「えーん、困っちゃう。ハリーももしかしてケネスと一緒の考えなのー?」
『・・ヤツと一緒にするな』

 ケネスの名前を出しただけでもっと不機嫌になっていくハロルドに分かりやすいとパーシーは笑いたくなるが、ハロルドをからかうのが今回の趣旨ではない。すこし痛み始めた自分の髪の前髪を触りながら、口を開いた。

「ねえ、最近変態野郎ども、コンラッドの他にまた一人が動き出したらしいんだけど知ってる?」

 ハロルドが息をのむのがわかる。そして少し低い声で口を開いた。

『誰から聞いた、エイルマーか?』
「そんなとこ。コンラッドといい、グレーなお前の相方といいなんでいきなり顔出ししてきたんだか。まあどっちにしろ俺は関与するつもりはないが、その話をケネスにしてみてよ」
『はあ、なんで? まず事件内容教えろよ。警察にすら回ってきてないし』

 食いついてきた、としめしめ笑うパーシーは語り始めた。この話を聞いたのはエイルマーではない、トニーからだ。
 前からだが、五天王に対抗するかのように5人の犯罪者の集まりが出来た。ひっそりと残虐を繰り返していたみたいだが、最近目立つように犯罪を犯すようになってきている。五天王も気にしていたわけではないがその中にコンラッド、そう、エイルマーの天敵もいる上に、トニーはその変態集団のトップが気になってしょうがないようだ。
 そうしてトニーも自分たちと似た集団がいるのが鬱陶しいのか、トニーから五天王に“ある”要望があった。お金も弾むらしいので、やる気も少し出る。
 その要望とは変態集団のトップは未だ顔も分からないので呼び出すためにも一人一人確実に潰していくように、と。
 そんな中コンラッドに負けてしまったエイルマー、情けないとしか言いようがない。そしてサイラス、ハロルドは仲間らしき人物を追っている。そしてパーシーは、というと。

「カジミールの近くに処女厨が出たらしいぜ、変態集団の疑いがあるヤツだ。」

 ここまでで分かっただろうか。パーシーはトニーに一人を任されていたが、変態集団は話に聞いたところかなり手強い。自分の手を汚す気も、自ら命を絶つつもりもない。もちろん、ハロルドも他の者を追っているのでハロルドにとどめを刺させるつもりも。
 それならば簡単だ。自分が追っている者と自分が嫌いで潰したい者、言わばケネスを接触させ、潰し合いをさせればいい。だがその潰し合いをパーシーが企てた、などトニーの耳にでも入れば、パーシーの復讐も自分が殺されてしまっては意味がない。そう、間にハロルドに入ってもらう。
 仲間、それは自分のためだけにいるのだ。

『・・それをケネスに伝えればいいの? 今回ばっかりは少し危ないんじゃないのか』
「やだなーそれ本気で言ってる? 危ないからこそヤツに行かせるんでしょ。ハリーだってケネスいると何かと邪魔だろ? ここは連携プレーでいこうよ」
『なるほどな。わかった』

 こちらの返事も聞かずすぐに電話は切れた。なんで警察ってこうも気が短い奴が多いのか。

「あの偽善者も黒〜く染まっちゃえばいいよ」

 自分を真っ直ぐ見つめるあの瞳が、黒く染る。それでやっと復讐ができるのだ。






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