高くたなびくビルの上、仮面をした若い男が立っていた。その仮面は真っ白な板に黒く塗り潰された目と思われる三日月二つ、片方は下を向いて笑っていて、片方は上を向き泣いているように見える。口は避ける位に伸びていて、とても奇妙な仮面だった。その仮面を確かめるように、男は自分の顔を触る。

「おい、インビジブルさんよ」

 後ろを振り向けば、背が高く赤色の髪を後ろに撫で上げた髪型が特徴的な男が立っていた。インビジブルと呼ばれる男は、仮面の下で顔を顰める。

「サイラス、いきなり声かけないでくれる? 心臓に悪いだろ」
「ふ、気付かないお前が悪い」
「言うね。ところでインビジブルって、なんだその名前?」

 男が言えば、サイラスはハッと笑う、この男は自分への評価などに興味が無い事を忘れていた。金髪の髪の毛が風でなびいて、より一層綺麗に輝かせる。

「お前は警察からインビジブルって呼ばれてんだよ、どんだけ警備しても姿はだれも見た事無いから、本当はだれも見えない怪物なんじゃねーかってな。」
「なんだよ、それ。怪物って」
「まあいいじゃねーか、それほどお前は超人って訳だろ」

 笑うサイラスに、男はバツが悪そうに後頭部をかいた。まっすぐ見据えた場所、そこは今日盗みにいく美術館である。犯罪予告時間からまだ6時間も前なのに、もう上空からも見張っている様を見て、男はバカにした様に笑った。

「へえー、じゃあ今日は暇つぶしにでも姿見せてあげよっかな」

 男はそう言うと仮面を外して何階かも分からないこの、高層ビルから飛び降りる。サイラスはその背中を見送ると、仮面を思い出してゆっくりと呟いた。

「あいつ、センスねえな」



 ケネスは少し離れた公園から美術館を見上げて思う。こんな広い所を15人で警備できるはずがないだろう、と。だが自分に任せられた以上どんな状態でも弱音は吐かない、一度貰ったチャンス、これだけでも幸せだと思わなければ。ケネスはベンチに座りながら貰った美術館の地図を広げると何処に何人配置すべきか考える。もう既に警備を張っているが、うーん、と唸っていると、後ろから肩を置かれてビクリと肩を揺らした。後ろを振り向けば、ランドンがいやらしい笑みを浮かべている。

「何の用だ」
「いや、同期として応援に」
「お前が言うな! だいたいお前のせいでな、」
「じゃあ密告でもすれば? できねー弱虫のくせに」

 ランドンの余裕な表情にケネスはう、と言葉を詰まらせた。憎たらしいが、彼には綺麗で心優しい奥さんと五歳の娘がいる。自分が密告した事により何の罪もない奥さんととっても愛らしいその娘の人生も変わることを考えると、密告できるはずもなかった。ランドンはベンチの背もたれに手をかけると、手を叩く。

「ははっ、お人好しも、そこまで行くとキチガイだな!」
「あんな、お前良い加減にしろよ。俺だって怒るんだからな!」
「怒ったらどうなんだよ? ワーコワイータスケテクダサイ、ヒャハハ!」

 ゲラゲラと下品に笑うランドンにケネスは唇を噛んだ。ここで怒ってもどうにもならない。ベンチを立つと地図を胸ポケットに入れて、その場から離れたが、後ろから聞こえる笑い声に腹が立った。
 くそ、俺が何したってんだよ!
 ケネスは位なんてどうでもいい、あの誇り高い所でこの国の治安を悪くする輩を捕まえて、あわよくばその輩を更生できればいいと思っている。だがそんな甘い考えは通用しない、高い地位に行けばいくほど争いは起きるのだ。ケネスはため息をつく。

「やあ、おじさん」
「!?」

 いきなり後ろからした声にケネスは必要以上に、驚いて声の持ち主から離れた。見れば笑顔が素敵な好青年が驚いた顔で立っている。それはそうだ、話しかけただけでこんなに意識されたのだから。ケネスは警察がこれくらいで動揺するとは情けない、と反省しながら彼に近寄った。

「す、すまん。ちょっと気が立ってて」
「いや、そうだよな。おじさん、あの美術館の警備員さんだろ。今日あのインビジブルが来るみたいだしね」
「あ、ああ、まあそんな感じ」

 他にもピリピリしている理由は山ほどあるが、苦笑いして答えると彼はニコニコ笑いながらケネスの前に立っている。何かを話すわけでもないのでケネスはどうしようかと考えていると、彼はケネスに一歩近付いた。

「そのバッジ、警部補さん?」
「え、ああ、バッジに詳しいんだ」
「知り合いが警察だから、ちょっと。じゃあ君が指揮を取るわけじゃないんだな。警部はどこ?」

 なんで警部を、と思ったがもしかしたら警察に憧れる青年なのかと思い、ケネスは気を良くする。憧れてサインを求める様な年ではないが彼の幼く見える笑顔に、(あるわけがないが)母性本能が擽られたように思えた。

「いや、今回は頼りないながらも俺が頼まれてな。警部補ながらも、指揮をやらせてもらうよ」
「えっ、あんたが?」

 驚きを隠せない様な表情に、ケネスは固まる。確かに頼りない、頼りないけどそんなに驚かなくていいんじゃないかい。ケネスは少し落ち込みながらも頷くと、彼は口を開いた。

「さっきのベンチの人は? なんかすんげー偉そうだった」
「あーあいつは同期でな、色々あって、うん、本当色々あって。まあとりあえず、今日は絶対インビジブルを捕まえるから安心しとけ!」
「…ふーん、そっか!」

 一瞬下を向いたが、すぐに上を向いてにっこり笑って見せる彼はとても可愛らしい。

「あと、質問していいか?」
「ん、なんだ?」
「なんで指揮取る人がここでのんびりしてんの? 美術館見張ってなきゃいけないだろ」

 彼の言う通りだ。指揮を取るものはここでのんびりしているなど、普通ならばあり得ない。だからこそランドンもわざわざからかいに来たのだが、その嫌味に気付いていないケネスは首をかしげた。

「だってインビジブルがくるのは9時だ。まだまだ時間はある」

 その言葉に、彼は止まると、すぐに腹を抱えて笑う。ケネスは冗談を言ったつもりはないので、いきなり笑い出した彼にびっくりした。

「な、なんだよ、」
「ふ、ふふ、だって。犯罪者の言う事を信じるなんてばかだなあ」
「バカって、おい、君な。インビジブルはいつも時間通りにくる、時間には律儀な男なんだよ!」
「今回はそうとは限らないだろ?」
「あ、」

 彼の言葉は一理あるので今気付いたとでと言うように声を出せば、彼の笑いは火がついたように一層強くなる。ケネスは気を悪くしながらも彼が笑い終わるのを、それこそ律儀に待っていた。笑い終わった彼は笑いで出た涙を拭くとひーひー言いながらお腹をさする。そしてケネスを見た。ケネスも拗ねた様に目を合わせると、彼は笑いをぴたりとやめる。緑色の目がケネスを捉えた。
 その目が冷たくて、冷水を頭からかけられたようにゾッとする。

「あんたは純粋で単純なんだな。けどそれじゃホント損するぜ。だからランドンとかいうやつにばかにされんだよ」
「え、」
「まあいいや。じゃあ今日はあんたの素直さを見習って、俺も待ち合わせに時間通りに行こうかな」
「ちょ」
「じゃーね、警部補さん。会えて良かった」

 そういいながら彼は踵を返すと、手を挙げてひらひらと揺らした。ケネスはその場に立ち尽くして、彼の背中を見つめたが、彼は直ぐ左の角を曲がって行く。彼の姿が見えなくなって、ケネスは金縛りがとけたようにやっと足を動かした。

「ランドンとの、会話、聞いてたのか?」

 まさか、そんなはずが無い。あそこは見渡しが良く、ランドンの不正が聞かれては困るとケネスも周りをみながら話していた。大きな声で話していたわけではないし、遠くから聞こえていたというのもおかしい。そう言えばいきなり後ろに現れた、あれもどこか違和感があって。

「まさか、インビジブル、な、わけないよなー、はは」

 乾いた笑いをしながら、ないない、と手を振る。だがどこか印象に残った。優しそうででもどこか冷たいグリーンアイと、
 風で揺れる、金髪が。







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