「後は宜しくお願いします」

  ケネスは一言受付に声をかけると、帽子をかぶりながら扉を開けて階段を降りた。目の前に止まったパトカーにはハロルドが仏頂面で乗っていて、慌てて助手席に乗り込む。

「来てくれて本当助かった。もうなんだかんだで1時か、あとの見回りは俺がするから、お前は帰れ。なんならこのまま家に送ろうか」
「シートベルト」
「ああ、すまん」

 シートベルトをしながらケネスはハロルドを見ると、ハロルドは片手でハンドルを持ちながらガムを取り出すと面倒くさそうに噛んだ。今の話聞いていただろうか、まともな返事も聞けずに居心地が悪くなったケネスは窓を開ける。風が入ってくるのを鬱陶しそうにしながらも、何も言わないハロルドはただ交番に向かっていた。
 文句を言いつつも迎えに来てくれたのは、やはりハロルドが少しでも人間の気持ちがあるからか。初対面の印象は良かったとは言えないが、あの誕生日プレゼント、それがケネスの中には残っているためハロルドの高評価は揺らぐことはなかった。だが、彼は五天王、ましてや口は悪いは裏表が激しいは、で、ケネスはハロルドを認めずにいる。

「あんたは家に降ろす、今日は俺が見回りするから」
「え、なんでだ、俺がするって。今日デスクワークだって残ってるし。それにお前いつも夜勤帰ってくると辛そうじゃないか」
「明日あんたがやればいいだろ。おれは目え覚めたし、べつに眠くねーよ。誰だって仕事はだりーし、そんだけ。つーかあんたが呼んだんだろ」

 相変わらず口悪い、言い返そうと思ったがケネスはやめた。ああ言えばこう言う、彼はそんなもんで、大人なケネスが言い返さなければ丸く収まる。一人で家に残されているリカードのことも気になってはいたし、ここはお言葉に甘えることにした。
 それから数分経って、見慣れた道に出る。ハロルドはカーナビを見ずとも近道を抜けて行くから、思わず凄いと言ってしまいたかった。だが、すぐに怪盗、別名インビジブルをしているから抜け道を知っているのだと思うと、褒めるのも癪なのでやめておく。

「ハイ到着、ほら降りろ」
「お前それ年上に使う言葉じゃないぞ!」
「うっせ、早く家入れよ」
「わかったから押すなよっ」

 妙に急かしてくるハロルドにケネスは急ぎつつ、トランクへ予備用にとハロルドの銃を入れていたのを思い出した。出たついでに後ろに移動すると、車の中からハロルドがおい、と言ったのが聞こえる。すこし焦り気味の声をしたのが、印象的だった。
 そして、トランクを開けた時、思い出す。
 俺がカバンを入れたのはこのパトカーじゃない、パンクさせられてレッカー車に連れて行かれたパトカーだ、と。

「は、ハロー?」
「え」

 何もないはずのトランクの中には口を押さえて気分悪そうな男が横たわっていた。ケネスは目を見開いて、ここぞとばかりに反射神経を活用し、男に銃を向ける。だがそれと同時に銃は宙を舞い、遠くの地面を転がって家の門に当たって動きを止めた。
 隣を見れば怖い顔をしたハロルドが足をゆっくりと下げていて、自分は銃を蹴られたのだと悟る。目の前の男、パーシーは咳をしながらトランクから降りると高そうな靴を叩くとハロルドの肩を叩いた。

「ありがとう、ハリー! こいつ本っ当手荒だな、撃とうとしたよ、見てた?! 俺一歩間違えたらおだぶつよ!」
「うん、それはパーシーが反応遅いからだよ。自分は自分で守ってね」
「…はーい」

 ケネスは距離を詰めてくるハロルドにゆっくり後ずさりする。先ほど隣で運転をしながら話していた男は、今では人殺しのような面持ちで自分に迫って来ていた。
 たしかに、ハロルドの仲間に銃を向けたケネスにこんな顔をするのは仕方が無いことだろう。だが、ケネスは(もちろん一人は抜いてだが)五天王の中で、一番嫌な思いをさせられたパーシーがいきなり出てきたら銃も向けたくなる。これもまた、仕方が無いことなのだ。

「逃げてんなよ、おっさん。先に殺気ずいたのあんただぜ。つーかトランクにパーシーいるっていつから気付いてたんだよ。無害みたいな顔しといて、鋭いからみくびれないな」
「咄嗟に手が出たんだよ! あとレッカーされた車の中にお前の銃入れっぱだ、ごめん!」

 殺気が消えないハロルドにケネスは今のうち言っておこうと謝ると、ジリジリと迫っていたハロルドは足を止める。たしかに銃を紛失となると手続きも面倒だし、罰金は免れなかった。少し考えたハロルドは舌打ちして、ケネスから目を逸らす。

「覚えとけよ、おっさん」

 かなりキレ気味、と言うより爆発寸前のハロルドはレッカーに持って行かれたパトカーを追うべく、車に乗り込んだ。パーシーはあやかるため、いそいそとパトカーに乗ろうとしたのでケネスは手を伸ばしたがハロルドの威嚇のせいでなにもすることができない。今のハロルドなら、自分は無傷と言うわけには行かないだろう。
 だが、パーシーには言ったはず。いつか、絶対捕まえる、と。

「パーシー! いつかじゃない。次会った時は、必ず捕まえる。いいな!」

 背中を壁に張り付けながら、パーシーに叫ぶとパーシーは生意気な表情を浮かべて車の後ろの席へと乗り込んだ。ケネスは地団駄を踏むしかなく、そこに座る。発進された車は楽しそうにクラクションを鳴らした。きっと運転しているハロルドが鳴らしたものではない、後ろから手を伸ばし、クラクションを鳴らすパーシーの憎たらしい姿が目に浮かぶ。

「ちっくしょ」

 悔しそうに呟きながらも、今だ恐怖で震えた足に鞭を打って立たせた。ハロルドがあんな表情するなんて、と思った途中で自分はハロルドのなにを知っているんだと自笑する。さて、明日も早い、風呂にでも入ろう。ケネスは鍵を出すのに夢中だった、だから当然二階の窓から顔を覗かせるリカードには気付くことはないだろう。

 一方パトカーの中で有意義に座っているパーシーは、足を組みながらハロルドの肩を叩いた。

「もうやだねー、警察は野蛮ではしたない。すぐに銃で殺そうとするんだから。」
「…」

 うんざりしながら話すパーシーに、ハロルドは頷きもせずにただ運転をしている。つまらなそうに、ハロルドの頭を見た。

「なあに考えてんの」
「…別に」
「うそだねー」

 本音を言わないハロルドに気を悪くしたのか、パーシーは手を頭に回すと後ろの席を豪快に全て使いながら寝転がる。それでもやっぱり窮屈なので、脚を曲げながら目をつむった。寝る体制に入っているようで、ハロルドもルームミラーからその姿を確認すると安心する。これ以上自分の気持ちに突っ込まれるのは、やめてほしいからだ。
 パーシーを目の前にしたケネスを見て、ハロルドはふと思う。
 先ほどまで隣にいて自分の体調を気にしていたのに、パーシーを見て反射的に銃を出した。別に悪いことではないし、自分だって最初銃を向けられた経験だってある。だが、自分は一瞬でも忘れてしまったのだ。自分達は対立している立場だと、自分達はいつかは殺し合うこともあるのだと、そして。
 自分は罪深い人間だということを。
 はっきり言って今のハロルドにとって、ケネスは怖かった。まるで自分を犯罪者として扱わない。ハロルドは顔出しの犯罪者ではないし、それが当たり前なのだが、自分の正体を知って尚、あの家でリカードも入れ、家族ごっこをやっているのだ。
 だから錯覚する。自分達がどんな関係なのか。これは危ないことである、やはりケネスはトニーが目を付けるだけの人物だ。トニーがただの人間を好きになるとは思えない。

「ばからし」

 だが、これからケネスに対しての気持ちが変わることはない。彼は自分とは違う、神に愛され毎日呑気に暮らしている人間なのだ。彼が自分の人生に交わることはあり得ない、あり得てはならない。
 悩んだり、考えたりするのは無駄なのだ。



今日はどこか疲れてしまった、もつれる足を引っ張る。ドアを開けて一人暮らしとは違う家の匂いで安心しつつ明かりを手探りで探すと、ぱちり、電気が点いた。前へ目を前に移すとそこにはリカードが優しく笑っている。

「…ただいま?」
「ふふ、おかえりなさい」

思わず聞くように言ってしまった。なんでこんな時間に起きてるんだ、なんで笑っているんだ、など聞きたいことは沢山あったが自分に起きた衝撃の後のリカードの笑顔は自分の中ではまるで冷えた時に貰うココアのように暖まるものである。

「迎えてくれてありがとう」

 自分は何を言っているんだ。
 思ったがもう出てしまった言葉、戻すことは出来ない。だが、目の前のリカードの笑顔は少しびっくりした顔をしたがすぐにまた笑ってゆっくりとケネスの肩を包んだ。そして唇を噛んでから、こっちを見る。

「こちらこそ、帰ってきてくれてありがとうございます」

 そう言ったリカードの顔は、なにか含んだように思えたが、疲れた身体は気にせずなだれ込むように家へと入っていった。




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