「いやー電話出たのがおバカなケネスで良かったよー」

 パーシーは厚手の毛布で顔を隠しながら、パトカーの後部座席に寝転びながら笑う。一番の敵の車の中にいるというのに、この寛ぐ様を見てハロルドはため息をついた。

「その言葉、トニーが聞いたらお前死んでるよ」
「トニーの前では言うわけないっしょー、あのケネスバカには冗談も通じないからね」
「まあな」

 ハロルドは適当に返事をしながら乱暴にハンドルを切ると、パーシーは座席から落ちそうになりながらそれでも楽しげにしている。
 あの後、パーシーは警察へと迷うことなく電話を掛けた。その電話に出たのはケネスで、内心焦ったパーシーだったが、ケネスはパーシーと気付いていなかったしうまく口車に乗せてハロルドの電話番号を教えてもらった。というのも電話番号を知っていたのも、リカードだったのでケネスが役に立ったことと言えばパーシーだと気付かなかった馬鹿さ加減である。用があるといっていたハロルドも用が済んだ後だったらしく、グチグチ文句を言いながらも出勤時間外に迎えに来てくれたので、結果オーライだ。
 パーシーはケネスの事を好いてはいなかった。特に好き嫌いを分別する方ではなかったが、ケネスのことは別だ。きっとトニーからあれこれ聞いていたからだろう、多くは語らなかったが彼がケネスを思い出す時、トニーは優しい顔をしていた。だから、必然的に、ケネスもさぞメルヘンで癒し系の人物なのだろう、と思っていたのだが。

「でもさーあいつはないよねー、俺話して幻滅、男の中の男って感じだし、人の話聞かないし、融通きかないっていうか。生意気だし。トニーがあんなに推すから期待してたのにさあ」

 あれはない、大切なことだからもう一度言おう、あれはない。
 トニーがどんな感情でケネスを大切に思っているのかは知らないが、あんなどこにでも居るおっさんをなぜあそこまですきすき言えるのだろうか。トニーは黙っていれば顔が良いのだから、ケネスの尻を追うべきではないと思う。
 だが、同意意見が来るだろうと構えていたパーシーに、ハロルドは予想外の答えを出した。

「あいつは、警察より神父の方があってるのかもしれないな」

 パーシーは一度だけ瞬きをして、飛び起きる。そして運転席の頭に手を掛けると、ハロルドの耳元でわーわーと叫んだ。

「おいおい、お前もどーしちゃったわけ? トニーとか、そうだなサイラスの後を追うのか? ケネス信者になるつもりじゃ、」
「おいそんな冗談聞きたくねーよ、誰があんな骨抜きと一緒だって?」
「だってヤツのこと神父様なんて」

 どうかしている、と言おうとした時、ハロルドはにっこりと笑う。笑顔だけは無邪気で可愛いと思うが、ハロルドの笑顔はいいものではなかった。五天王の中で一番入ってきたのは遅いが、彼の復讐心は人一倍強い。そのため覚悟も強かった。
 彼に周りを信じろという方が無理なのだ。

「あいつと一緒にいると面白いぜ、言うのが恥ずかしいくらいの名台詞ばっか吐いてくる。まるで神父様だ。神父様は人に憐れみの心を持ち、神のご加護といいながら勝手な人助けをして自己満足している。偽善者、そう、あいつにぴったりだろ」

 手を叩きながら笑うハロルドに、ハンドル離すなよ、と思いながらケネスを思い浮かべる。確かにハロルドの言う通りだった。自分に対しては偽善者のぎの字も見せない態度ではあったが、サイラスやハロルドに対しての対応は警察とは思えない対応。そう、表すならば神父、神が生んだ人間全てに慈悲を与えるように。

「あってるなー、うん、めっちゃ」
「だろ。てーか、お前さ、仮面どうすんの。あれ俺の商売道具なんだけど」
「あ、はは。また作ってもらえる?」
「あのな。自分の作りたいようには作れない、あれはまぐれで出来た仮面だって言ってただろ、ばか」

 ですよねー、と乾いた笑いで言うがハロルドは決して笑わない。そうだ、ハロルドはあの仮面を使っていだからこそ今までの盗みも成功していたのだがこれではもうインビジブルにはなれなかった。
 ひとつ、弁解しておこう。この仮面を作ったのはハロルドではなく、エイルマーだ。ハロルドが仕事をする時に仮面を作ってくれと頼み込んだのは、不思議な力を持った物を作り出せるエイルマーだった。趣味の悪いデザインはハロルドが描いたものだったが、エイルマーは要望通りに仮面作りに励んであれを完成させた。そうして、まぐれにしても効果は絶大なものだったが、こうしてパーシーが壊してしまってはもう一度作ることは不可能に近い。仮面を何千個と作っても、同じものを作るのは難しいだろう。
 ひたすら謝るパーシーにハロルドはため息をつきながらも、ひどく責め立てることはしなかった。パーシーもハロルドが本気で怒っていないことに気付くと、調子に乗ってまた毛布で顔を隠して笑う。すると、いきなり無線から声がした。

『すまん、ハロルド、車にいるか!』

 割れた音から聞こえるのは、先ほど二人が馬鹿にして笑っていたケネスの声である。ケネスの声色からは焦りが感じられ引き返す事を前提として、車を道路の端に寄せ止まるとハロルドは返事をした。

「はいこちらハロルド、応援ですか、状況は」
『よかった、パトロール中にX通りの3番地、放火しようとしていた二名を捕まえたはいいが仲間がもう一人いたらしく、パトカーのタイヤが空気を抜かれてしまった。そいつも捕まえられたが足がない。迎えに来てくれると、嬉しい』
「了解です、今から飛ばして20分は掛かりそうですが動かず待っていてください。ついでにそこにリカードはいますか?」
『いないが…』

 一度バックしてパーシーが座席から落ちるくらいに大きく回ると、無線を睨みながら大きな声で言う。

「考える前に行動すんのもいいけど、人の迷惑掛からないようにやれよ。あんたその歳にになってもわかんねーのか。とりあえず動くな余計なことすんなついでに犯人がどんだけ同情誘ってきても無視しろトイレはその場でさせろ、いいな!」

 返事も聞かずに無線を切ると、ハロルドはバックミラーで座席によじ登るパーシーを見た。パーシーはかばんを抱えながら、縮まる。目で降りろ、と訴えるがパーシーは目を逸らしながら頑なに降りる気配を見せなかった。ハロルドはついに口を開く。

「捕まりたいの」
「ケネスなら大丈夫だよー、神父様でしょ」
「おい放火魔も乗せるんだぞ、パーシーの顔は割れてるんだし、チクられたら俺の潜入捜査はうまくいかなくなるだろ」
「えーじゃあ応援行かなきゃいいじゃん、ケネスより俺の方が優先だろー」
「…いいから、降りろって」
「ひどいーハリーも結局ケネス信者なんだー!」

  ああ言えばこういう、懲りないパーシーにハロルドはため息をつきながら言った。だいたいそのケネス信者とはなんだ。じゃあエイルマーにでも電話して迎えに来させるか、でもそれからではケネスの応援が遅れてしまう。アクセルをベタ踏みしながらハロルドは信号無視をした。

「じゃあついたらトランク入れ」

 冷たく言い放ったハロルドに結局ぶつくさ言っていたパーシーも降りるよりは、とトランクで了承して入る。段差があり車が揺れるたびに後ろから、いた、とかうお、とか小さな呻き声が聞こえた。
 そして飛ばして予定よりは早く、15分後、ハロルドは何事もなかったようにケネスの元に行ったわけだが、ハロルドは疲れ切っている。逆にケネスはハロルドの顔を見るなり顔色が明るくなった。

「待ってたぞ、ありがとうハロルド!」
「お礼はいらねーよ、それよりこいつら運ぶぞ」

 犯人が見つかり身柄を拘束する時交番では取り扱いは出来ないので、近くの大きな署に連れて行かねばならない。ここからなら車で30分、1時間もいかなければパーシーがトランクに入っていても文句を言わないだろう。
 思いながら目を向けたのは放火魔、三人組だ。どうやら、ケネスは約束を守ってトイレには行かせてなかったようで、はろがついた時には三人揃ってトイレトイレ言っていた。

「お仲間来たところでさ、トイレしたいわー、俺らー」
「めっちゃ待ったし、トイレ行かせろよー」
「待たせてすまん、だが逃げるかもしれないからトイレは署で。30分くらいだ、我慢しろ」
「えーじゃあ手錠掛けたままでいいからさー、俺らのを一つ一つケネスが支えてよー、そしたら出来っからさあ」

 下衆な笑い方でケネスをからかう三人組。ケネスは顔を赤くしながら、だがらダメだ、と言っているあたりハロルドを待っている間何度か下ネタのやり取りがあったのだろう。ケネスはおっさんなのに下ネタ耐性すらつけていないのか、三十路なのに。
 なんだか三十路のオヤジがガキどもに下ネタでからかわれ、ましてや顔を赤くしているのを見て気持ち悪く思ったハロルドは限界だった。しかも放火魔なんかに名前教えて呼び捨てされてるし、心なしか仲良くなってるし。俺がパトカー飛ばす必要があったのか、本当なんなのこいつ。

「じゃあさっき言ってた通りここに垂れ流しにするわ、ちょっとしこってくれよ、別の出ちゃうかもしんねーけど!」

 一人の男が言うとつられて二人はゲラゲラと笑う。隣のケネスが小さく唸りながら、困ったようにハロルドに助けを求めてきた時点でハロルドはもう我慢できなかった。がんと大きな音を立てて壁を蹴ると、三人の笑い声が止まる。そして、ハロルドは三人を冷たい目で見下し、腰に下げていた銃を取り出した。

「それ以上下衆な冗談を言いましたら銃(コレ)で貴方方の大事な息子さんを二三発撃って一生子孫作れない体にしますよ。上司には正当防衛や発砲したでも言えばいいですからね。さ、大人しくする頭のいい子はどなたですか?」

 ハロルドの目は至って真剣である。そんなハロルドに挑発したり反論する馬鹿はいなかった。さすが、五天王の一人インビジブル、威厳は半端ない。三人組組は黙って仲良く後部座席にぎゅうぎゅうに詰め込まれ、そのまま署に連行された。

 今日一日疲れた。思いながらハンドルを持つハロルドを、隣に座っているケネスはずっと見ている。ハロルドは視線に気付き、嫌々そちらに目を向けた。

「なに」
「あ、えと、…ありがとな」

 後ろの輩たちに聞こえないように言うケネスは、ハロルドの耳元でこっそり呟く。近くで言われて鳥肌が立ったハロルドは、目を前に戻したが、たまたま目に入った時計は、もう次の日になっている。頭の隅でケネスが早く帰たがっていたことを思い出すが、何も言ってやれないので黙りこんだ。
 どうせ、ヤツの墓参りだし。
 ケネスはハロルドに用事について一言も言っていないはずなのに、ハロルドは分かっていたようで、機嫌を悪くする。
 坂道に差し掛かり車体が少し揺れた。どうせ今頃パーシーは痛いなどと嘆いているだろう。だが、仮面の借りがあるので、ハロルドは構わずアクセルを踏むのだった。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -